仮面の中身
暫くして、車はゆっくりと減速し、そのまま静かに停止した。
「着いたぞ。ここだ」
クチグロが得意げに言い放つと同時に、運転手が先に降り、慣れた動作でクチグロ側のドアを開ける。用意された動線。扱いの差を隠そうともしない所作だった。クチグロは満足げに頷き、ゆっくりと車外へ降り立つ。
「……私は自分で、ですか」
小さく呟きながら、クロは自分でドアを開けた。車を降りた瞬間、視界に飛び込んできたのは、小さいが、過剰なほどに装飾された建物だった。
クロは、思わずその建物を見上げた。小さい。だが、ただ小さいだけではない。
左右対称に整えられた外観。重心を低く見せる石造りの様な創りの基部と、その上に据えられた、過剰なほどに象徴性を主張する意匠。正面性を強調する配置は、見る者に無言で「ここが中心だ」と告げてくる。
「……議事堂?」
そう口にしたのは、偶然ではなかった。知らないはずの建物の輪郭が、妙に懐かしい形で、記憶の奥に浮かんだからだ。大きさは違う。立地も違う。だが、構えが同じだ。
権力を見せるための建物。話し合いの場である以前に、「決まる場所」であることを誇示する造り。どこかで見たはずなのに、ここではない。それなのに、否定できない既視感だけが残る。その感覚が、妙に胸の奥に引っかかった。
「何をしている。見とれるのは分かるが、ついて来い」
振り返りもせずに言い放ち、クチグロはそのまま歩き続ける。
クロも歩みを進めようとした、その瞬間だった。
周囲の空気が、はっきりと変わる。
複数のドローンが、音もなく浮上し、クロを囲むように配置される。さらに、その外側から、軍服を着ているだけの、もはや兵士とは呼べない連中が、にじり寄ってきた。
規律はない。視線には露骨な侮蔑と、下卑た興味が混じっている。
「どうした、おチビちゃん。早く進めよ」
「そうだ。頭に付いていけよ」
品のない嘲りが飛ぶ。空気が、じわりと悪意に染まった。
だがクロは、表情一つ変えなかった。反応もしない。ただ、淡々と前へ進む。ドローンの位置、兵士、否、賞金首予備軍たちの顔と体格、立ち位置。すべてが、無意識のうちに視界へ刻まれていく。
(……一人一人、端末で照会したいところですが)
今は、やらない。その代わり、クロの内心では、別の計算が始まっていた。
(明らかに、稼ぎがいのありそうな面ですね)
ハンターとしての本能が、静かに笑う。ここにいる連中をまとめて片付けた場合、いったいどれほどの額になるのか。想像するだけで、少しだけ楽しくなる。
クロはその感情を表に出すことなく、ただ淡々と歩き続けた。取り囲む視線の中で、その背筋は驚くほど静かで、揺るがなかった。
建物の中へ一歩足を踏み入れた瞬間、外観に抱いた既視感は、嘘のように消え去った。
広がっていたのは、荘厳さとは無縁の空間だった。天井は高いが装飾はなく、照明は白く均一。壁面には意匠よりも配線と補強材が優先され、所々に露出した構造が見える。
中央に据えられているのは、円卓ではない。巨大な作戦卓だ。
立体ホログラム投影装置が卓の中心に組み込まれ、星系図、地下構造図、部隊配置、補給ラインが常時更新されている。議論の場というより、即断即決のための制御盤に近い。
周囲には段差付きの床と簡易席が並び、演説台も傍聴席も存在しない。代わりにあるのは、端末接続口、非常用隔壁、即時封鎖可能なシャッター。
音も、重みが違った。足音は乾いて響き、空間全体に漂うのは紙と権威の匂いではなく、金属と電力、そして焦りに似た空気だ。
(……議事堂じゃない)
命令を出し、結果だけを受け取るための場所だ。外側だけをそれらしく飾り、内側は徹底的に実戦仕様。象徴を欲しがりながら、中身は戦争しか見ていない。
クロが足を止め、改めて周囲を見渡した、その瞬間だった。
背中に、乱暴な力が叩きつけられる。
体勢を崩すほどではない。だが意図は明確だった。続けざまに、足で蹴られる。
「早く進め!」
「止まるな、ガキ!」
「どうした? 怖いのか?」
品のない声が重なり、嘲りが空間に広がる。その様子を、誰も止めない。むしろ楽しんでいる者すらいる。
クロは、小さく息を吐いた。
抵抗することも、睨み返すこともせず、ただ歩みを進める。仕方がない、という判断だった。
(知らないとはいえ……)
一瞬だけ、思考がよぎる。だが、その感情はすぐに切り捨てられた。
(まぁ、いい)
報いは、必ず巡る。それが誰に、どの形で返るのかも、いずれはっきりする。
クロの表情は、終始変わらない。無表情のまま、淡々と歩き続けるその姿は、挑発にも屈辱にも反応しない。それが、かえって周囲の苛立ちを煽っていることを、クロは理解していた。
だが、今はそれでいい。この場では、耐えることが最善だった。まずは、トップの手札を見る。
クロは静かな足取りで、作戦本部の奥へと進んでいった。




