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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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歪んだ歓迎

 しかし次の瞬間、彼らは無言のまま一歩ずつ左右へと退き、通路を開ける。クロを通す――その選択を、言葉を使わず受け入れた形だった。


 ほぼ同時に、基地奥から低い駆動音が近づいてくる。磨き上げられた装甲に灯りを映す、高級そうな車両だった。連絡はすでに回っていたのだろう。判断の早さだけは無駄に良い。


 車が停止すると、運転席から兵士が降り、慣れた動作で後部ドアを開ける。ゆっくりと姿を現したのは、以前タイソンに見せてもらった映像に映っていた男だった。


 その瞬間、周囲にいた兵士たちが一斉に敬礼する。だが、その動きはどこか雑で、揃っていない。元は海賊、犯罪組織、賞金首――統制された軍隊とは程遠い連中だ。形だけ真似た敬礼には、規律も誇りも宿っていない。緊張が解け始め、先ほどまでクロに向けられていた純粋な恐怖が、薄皮を剥がすように後退していくのが分かる。


 男はその様子を気にも留めず、クロを見るなり口角を歪めた。そして大げさに腕を広げる。


「ようこそ、クロ君。私が革命派のトップ。クチグロ・カバキ大将だ」


 名乗りと同時に、わざとらしく距離を詰めてくる。威圧するような足取り。背丈と体格を誇示する姿勢。支配者を演じ慣れた動きだった。


「初めまして、クロです。招待されに来ました」


 クロはそう答え、目の前まで来たクチグロを静かに見上げる。声は落ち着いており、感情の揺れは一切見せない。


 改めて、その容貌を観察する。表情、姿勢、呼吸の間合い。どれも整っている。――なのに、芯がない。


 クロはわずかに視線を走らせ、確認するように相手を注視した。そして、その違和感の正体を掴む。ほんの一瞬、口元が緩んだ。


(……なるほど)


 悟りに近い納得が、胸の奥に静かに落ちる。思考は軽く、むしろ愉快だった。


(これからが、楽しみだな)


 クロがひそかにほくそ笑んでいると、クチグロは気づかぬまま腕を車の方へと向ける。


「乗りたまえ。暫くはドライブとしゃれ込もう」


 その誘いは、もてなしの形をした命令だった。周囲の兵士たちが再び空気を固くする中、クロは何も言わず、その車へと向かう。


 ドアが開くと、白を基調とした車内が現れた。深く沈む座面と、広い肘掛。肘掛の横には小ぶりながら造りの良いテーブルが設えられ、磨かれたグラスと数本の酒が整然と並んでいる。艶を抑えた木目と金属の縁取りが、無言のまま金をかけたと主張していた。


「無駄に豪華ですね」


 クロが淡々と呟き、腰を下ろす。


 反対側のドアから乗り込んできたクチグロは、その言葉を褒め言葉と受け取ったらしく、胸を張った。


「何が無駄なもんか。権力者として、この程度は常にそろえて当然ではないか」


 ドアが閉まる。外の音は薄皮一枚で切り離されたように遠のき、車は静かに走り出した。


「どうだ、この静穏性。一切揺れのない車内。こだわりの反重力で浮かび上がり、最新の粒子エンジンでエネルギーも速度も一級品だ」


 自慢は途切れなく続く。反重力制御の数値、粒子流の安定度、外装材の希少性。言葉の端々に、支配者である自分を確認する癖が滲んでいた。


 クロは冷めた目でそれを聞き流す。座面の反発、床下から伝わる微細な制御音、酒の配置。どれも良い物ではあるが、必要以上に誇示されているだけだった。


 ただ一つ、気に掛かることがある。


 車が地下へと降り、視界の端に広がる通路の規模を垣間見た瞬間、クロは胸の内で小さく息を吐いた。


(……迷いそう)


 理屈は分かる。地下を掘り下げ、空間を確保し、要塞化する。その合理性も軍事的必然も、クロには理解できていた。だが、それと「迷わない」は別問題だった。


 広大すぎる。戦争をするためだけに最適化された空間。ジュンから説明は受けていたが、実際に目にするのとでは印象がまるで違う。内部構造は想像以上に入り組み、何がどこにあるのかを即座に把握できるような造りではない。


 侵入された場合を想定しているのだろう。目的地へ辿り着くには、あまりに不親切だ。


(地図がなかったら、確実に詰むな)


 コロニーで、ほんの少し曲がる角を間違えただけで延々と迷い続けた記憶が、脳裏に蘇る。規模が大きくなればなるほど、迷ったときの絶望感も比例して増していく。


 クロは背もたれに身を預け、あえて口を閉ざした。


 その間もクチグロは、こちらの反応など意に介さず、べらべらと一方的に語り続ける。


「どうだ、このトゥキョウ基地は。素晴らしいだろ。ここを統べるのが、この俺だ」


 誇示と自己陶酔が混じった声音だった。


「そうですか。それはおめでたいですね」


 クロは穏やかな声色で返し、心の中で言葉を補う。


(頭が)


 嫌味としては控えめだったが、クチグロはまったく気づかない。むしろ上機嫌になったのか、さらに饒舌さを増して語り始める。


(……嫌味も通じませんか)


 クロは内心で肩をすくめながら、車窓の向こうへ視線を移した。広がる地下基地の景色を眺めるその横顔には、呆れと冷静さが同居している。


 この男は、自分が語っている間が一番無防備だ。だからこそ、今は聞くふりをして、観察に徹する。


 車は静かに進み、誇示された権力の奥へと、ゆっくり吸い込まれていった。

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