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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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地下基地と掃除開始

 そう言って、ジュンはクレアを撫でていた手を止め、端末を取り出した。操作と同時に、コックピット内へ巨大なホロディスプレイが立体的に展開される。映し出されたのは、トゥキョウ外縁部一帯。夜の闇の中、異様なまでに整備された軍事区域が浮かび上がっていた。


 まず目に入るのは、地上施設だった。都市の端を丸ごと削り取ったかのような広大な敷地に、大型戦艦用の滑走路が幾本も並び、陸上戦艦や輸送艦が常時待機している。その周囲には高出力の粒子ビーム砲台、対空、対宙用のミサイル発射台が幾重にも配置され、上空では警戒用の大型軍用ドローンが、一定の軌道を描きながら巡回していた。


 地上部分だけを見れば、ひとつの要塞都市と呼んで差し支えない規模だ。だが――最大と呼ぶには、どこか物足りなさも感じられる。クロは映像を眺めながら、わずかに口角を上げた。


「面白いですね。これでマルティラⅡ最大ですか」


 皮肉を含んだ呟きに、ジュンはすぐに首を横に振る。


「いえ。これはあくまで地上部分のみです。本命は地下です」


 ジュンが指を滑らせ、表示を切り替える。次の瞬間、ホロディスプレイは地下構造を透過表示した。クロの視線が、わずかに止まる。――トゥキョウの本体は、地上ではなかった。地下深く、想像を超える巨大空間が広がっている。幾層にも重なったドーム状の空洞が、トゥキョウの地下を丸ごと掘り抜き、そのさらに下に、新たな都市を築くかのように構築されていた。


「おお……これは想定外ですね。コロニー暮らしをしていると、つい地面の価値を忘れてしまいます」


 思い出したようにクロが言う。コロニー育ちのエルデは、不思議そうに地下構造を見つめながら首を傾げた。


「これ……崩れないっすか? 不思議っすね」


 その言葉に、クレアも小さく頷く。ジュンはその反応に、どこか新鮮なものを見るような表情を浮かべた。


「コロニーでは地下という概念自体がほとんどありませんからね。ですがこの立地条件では、地下を掘り下げて基地化するのが最も合理的な戦略になります」


 そう前置きし、ジュンは自分の階級で開示できる範囲に留めつつ、簡単に説明を始めた。クロはその説明を聞きながら、次々と映し出される施設を追っていく。軍司令部、統合作戦管制室、補給拠点、居住ブロック。それらが網の目のように配置され、巨大な通路と道路で結ばれている。物資の輸送は人の手ではなく、無数の輸送ドローンが絶え間なく行き交うことで成り立っていた。


 クロは映像を追いながら、心の中で呟く。


(――なるほど。これは面白い)


 空間の一部は海へと直結しており、そこには潜水艦用のドックや水中発進施設まで備えられている。さらに内部には、軍直属の施設だけでなく、軍事企業やハンターや傭兵向けの戦艦パーツや機体パーツ、武装などを製造する企業の研究施設、工廠区画、試験場も存在していた。戦艦、戦闘機、機動兵器――それらのパーツが、研究、開発、生産、試験の各工程を経て、昼夜を問わず作られている。


「……ここ、全部ですか」


 思わず漏れたクロの呟きに、ジュンは苦く笑った。


「いえ、あくまでも私が開示できるのは、ここまでです」


 地下空間のスケールは、もはや基地という言葉の範疇を超えている。大きさにして、トゥキョウの半分をそのまま地下へ収めても余裕があるほど。戦艦クラスの運用には制限があるものの、小型艦、戦闘機、機動兵器であれば、内部を自由に飛び回れるだけの広さが確保されていた。上空には専用の飛行レーンが引かれ、地上には車両用道路が走り、その間を縫うようにドローン輸送が行われている。――それは、戦争のためだけに最適化された地下基地だった。クロは黙ってその光景を見つめる。ここまで来ると、もはや感情よりも理解が先に立つ。


「昨日言った予想……案外、間違いじゃなかったようですね」


 クロはそう呟き、ホロディスプレイからゆっくりと視線を外す。そして、ひじ掛けから降り、サブシートに座るジュンを真正面から見据えた。問い詰めるような強さはない。責める意図も、裁く気配もない。ただ――事実を確かめるための問いだった。


「ジュン。あなたは、この内戦が長引いている原因の一部を知っているんじゃないですか? それは……タイソン大佐も同様に」


 その言葉が落ちた瞬間、コックピットの空気がわずかに沈む。圧迫感というほどではない。だが、逃げ場のない静けさが広がった。ジュンは、すぐには答えなかった。視線を落とし、唇を噛みしめる。迷っているのではない。――覚悟を決めるための間だった。この内部構造を開示した時点で、いずれ辿り着く真実だと理解しているからこそ。数秒。客観的には短い時間だ。だが、ジュンにとっては決断を強いられるには十分すぎる長さだった。やがて、意を決したように一度深く息を吸い、顔を上げる。


「……はい」


 その一言は、観念でも開き直りでもない。覚悟を固めた者の声だった。


「お父さんは……タイソン大佐は、明言はしませんでした。ですが……見ていただいた通りです」


 ジュンは、先ほどホロディスプレイに映し出されていた地下施設の構造図へ、ほんの一瞬だけ視線を走らせる。それだけで、言葉以上の意味が伝わった。


「軍事施設の内部に、複数の企業が入り込んでいる。研究、開発、試験、生産……それらが、同時に行われている」


 一語一語、慎重に選びながら続ける。


「この内戦は――各企業にとって、実地試験の場として利用されています。私たちはそれを知りながら戦うしかなかったんです」


 告白は、驚くほど静かだった。だが、その内容は、あまりにも重い。クロは、すぐには言葉を返さない。否定もしない。怒りも見せない。同情すら浮かべなかった。ただ、ほんのわずかに微笑む。


「なるほど……」


 視線を前に向けたまま、思考だけを走らせる。


「昨日の予想は……半分正解、といったところですか」


 独り言のように呟き、クロは思考を止めない。


「単に輸送しているのではない。ここで――いや、この星系そのものが、生産拠点になっているということですね」


 そこまで言ってから、クロは一拍置いた。頭の中で、点として散らばっていた情報が、静かに線へと繋がっていく。


「……なら、次に見るべきは一つです」


 淡々と、しかし迷いなく。


「サンデーンは、ここから買って各派閥に売りつけているのか。それとも――外へ輸出しているのか」


 結論は、まだ出さない。だが、進む方向だけは、もう揺らがなかった。


「そこを、確かめないといけませんね」


 クロの声音は穏やかだった。そしてふっと、力を抜くように口元を緩める。


「詳しい話は、落ち着いてからにしましょうか。まずは――目の前の害虫が、どの程度巣くっているのかの確認が先ですね」


 その瞬間、空気が切り替わる。クロは視線をクレアとエルデへ向け、即座に指示を出す。


「クレア、降りて準備を。気配は絶対に悟られないように。エルデは検問所には止めないで、一旦離脱してから、ジュンに確認を取りつつ安全区域を飛行。花火が上がったら、クレアに合流してください。私は――ここで降ります」


「わかりました」


「了解っす」


「……え?」


 ただ一人、状況についていけていないジュンが声を上げる。クロはちらりと視線を向け、落ち着いた口調で続けた。


「ジュンは、タイソン大佐に状況を報告してください。その後の動きは――問題なければ、二人の指揮を」


「え、ちょっと待って――」


 ジュンは慌ててサブシートから立ち上がろうとし、ベルトに手をかける。だが、クロがすっと制した。


「立つと、クレアが落ちちゃいますよ」


「……っ」


 その一言で、ジュンは動きを止めるしかなかった。次の瞬間――警告音がコックピット内に鳴り響く。基地上空へ接近しつつあるファステップに対し、砲台と警戒ドローンが威嚇行動を開始していた。


「エルデ、ハッチを開けて」


「了解っす!」


 上部ハッチが開き、激しい風がコックピット内へ流れ込む。クロにとって、それは移動でしかなかった。――その瞬間だった。クロの姿が、コックピットの外へ躍り出る。


「はっ!?」


 ジュンが声を上げた、その刹那。ハッチは閉じられ、クロの身体は夜空へと落下していく。


「クロねぇ、派手っすね」


 操縦席で、エルデがどこか楽しげに呟いた。


「それでいいんですか!? パラシュートも無しで!!」


 ジュンは立ち上がろうにも立てず、再び混乱の淵へ追い込まれる。だが、エルデは肩の力を抜いたまま笑う。


「大丈夫っすよ。それより――連絡、しなくていいっすか?」


「……もう!」


 半ば悲鳴のような声を上げながら、ジュンは慌てて端末を操作する。通信先は一つしかない。――タイソン。その瞬間から、始まった。クロの掃除が。

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