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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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譲れぬ価値、交わる信頼

 言い合いは、なおも続いていた。


「正直に言えば――見た目は、良いです。ですが、本当は撃鉄のギミックも不要です」


「それ、じゃあ別のにすれば? 似たようなの、普通にあるでしょ?」


「いえ。見た目は、気に入ってます」


「だったら、中の機能も気に入ってよ!」


「そこは……譲れません。仕事に支障が出かねないので」


「じゃあ、別のに変えなよ!」


「見た目が、いいんです」


 二人の視線が交わったまま、ぴたりと動かない。静かにぶつかり合う応酬。その裏には、武器に対する“譲れない価値”があった。クロにとっては実用性。ウェンにとっては美学。それぞれが信じる正しさが火花を散らし、溝は深まるばかり。


「はいはい、そこまで」


 アヤコがパンッと手を打ち、空気を断ち切った。


「ウェン。今回は折れてあげて」


「え~っ!? なんでよ!」


 驚いたように目を見開き、ウェンがアヤコを見返す。


「簡単よ。下手すれば、予定してた武器の製作自体が無理になるかもしれないんだから。それに――造るには、稼いできてもらわないと始まらないでしょ?」


 軽く言い放つアヤコの視線は、どこか真剣だった。


 ウェンはむくれたように唇を尖らせ、視線を逸らす。


「クロも、少しくらい意見を飲んだら? そうしたらウェンも満足するし、もっと稼げるし、開発費だって出せるんでしょ?」


 やんわりとした声で、水を向けるようにアヤコが問う。


「はい。……まあ、撃鉄くらいなら、残しても構いませんけど」


 クロは少しだけ歩み寄るように答えた。だが、その声音には冷静さが残っていた。譲歩というより、許容に近い。


「わかった。……でも、完全に発射音を消すのは無理だからね。あと、火薬の破裂音のギミックだけは残させて。切り替えられる仕様にするから」


 ウェンは念を押すように言いながら、どこか不満げに肩をすくめた。


「…………わかりました。そこは、お互いに譲るところは譲りましょう」


 クロもまた、静かに応じる。視線を交わしたまま、二人はゆっくりと手を伸ばし、しっかりと握手を交わした。その手に伝わる感触は、意見の違いを超えて信頼へ向かおうとする、確かな温度を宿していた。


「まとまったね。じゃあ――ご飯、食べに行こうよ」


 アヤコが笑顔で声をかけた。張り詰めていた空気がふっとほどけ、三人の間に柔らかな温もりが戻ってくる。


 ロック・ボムの入口に掲げられていた「営業中」のホログラム看板が、「昼食中」へと切り替わったのを見届け、三人は近くの料理屋へと足を向けた。


 自動ドアが静かに開き、クロが一歩踏み出した瞬間、眉がわずかに動く。


「…………ゼリー」


 奥の調理場。機械が淡く光を放ちながら、ゼリー素材を投入されていく光景。その一瞬で、クロの表情が翳った。この世界では一般的な“食材”であると、理解はしている。それでも、視覚的な抵抗感が完全に拭えたわけではなかった。


「クロ、気にしない」


 アヤコがやわらかく声をかける。まだ、たった二度目の食事。慣れていないのは当然だった。


 店内は中華食堂を思わせる素朴な内装で、昼のピークを過ぎていたこともあり、客の姿はまばらだった。そのまま席へと案内され、三人が腰を下ろすと、卓上の端末が自動で起動する。アヤコが軽くタップすると、ホログラムのメニューが宙にふわりと浮かび上がった。


 そのなかでも、クロの目を引いたのは――ラーメン。


 醤油、味噌、塩、豚骨、鶏白湯、ブラック、牛骨、魚介、坦々、ミックス。あまりに多彩な種類に、思わず目を見開いた。


「……これは、なぜ?」


「何が?」


 素っ気なく返すアヤコに、すかさず問いを返す。


「種類が多すぎます。通常、この手の料理は――絞り込むのが常識かと」


 真顔で告げるクロに、隣でメニューを流し見していたウェンが、くつくつと笑い声を漏らす。


「そういうところ、クロってちょっとズレてるよね。こっちじゃ、これが普通なんだけど」


「……そうですね。私の知識が古いのかもしれません。ですが――節操がなさすぎませんか?」


 顔はいたって真面目だった。その口ぶりに、今度はウェンが吹き出す。


「いやいや、これが普通なんだって。どれもすぐに料理が出来るし」


 軽くあしらうようなウェンの態度に、アヤコが苦笑しながらフォローを入れる。


「クロ、そのへんでストップ。で、どれにする? 決まった?」


「…………醤油ラーメンで」


「はいはい。じゃあ――麺は?」


「麺……? 選べるんですか」


 目を丸くするクロに、ウェンが呆れたように声を漏らす。


「え、普通に選べるけど? っていうか……アヤコ、クロどこで生活してたの?」


 不思議そうに首を傾げるウェン。その視線を受けたアヤコは、一瞬だけ目を泳がせ、気まずげに笑みを浮かべる。


「いや〜、ちょっとね。野生児みたいなもんでさ。世間知らずすぎるのが、たまにキズなんだよ」


「そっか……まあ、変じゃないけどさ」


 納得したように頷きつつも、ちらりとクロを一瞥するウェン。


「でも、こだわりは強いよね。そのわりに、知らないこと多いっていうか……なんか、ちょっと不思議」


 その軽い一言に、アヤコは内心で冷や汗を浮かべながらも、表情には出さずに苦笑で受け流した。だが――そのやり取りは、当の本人には届いていなかった。


 クロは、完全にメニューに没頭していた。


 麺の種類は細麺、中太、極太、縮れ、平打ち、全粒粉、低糖質、もちもち、卵入り、春雨、グルテンフリー……さらにトッピングも、チャーシュー、味玉、メンマ、海苔、ネギ、キクラゲ、バター、チーズ、コーン、パクチー……とページをめくるごとに増えていく。


(……どこまで選べば、正解なんだ。これ、悩む)


 真剣そのものの表情で、ホログラムの画面を見つめるクロ。その姿はまるで、戦場で敵機の性能を解析する時と変わらなかった。

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― 新着の感想 ―
隠密行動する時に発砲音は気になるよねってことですかね。
材料は全部ゼリーでデータとして何百でも何千でもバリエーション作れるならリアル飲食店の悩みとか完全に解消ですなあ・・・ ゼリーの賞味期限とか分からんけども。 それすらもメーカーが引き取ってそれを原料に新…
発砲音選択式はいいチョイス( ´∀`)bグッ! 場合によっては音で威圧できるし、音が鳴るものと誤認させてからの無音発砲という手も(ΦωΦ)フフフ…
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