譲れぬ価値、交わる信頼
言い合いは、なおも続いていた。
「正直に言えば――見た目は、良いです。ですが、本当は撃鉄のギミックも不要です」
「それ、じゃあ別のにすれば? 似たようなの、普通にあるでしょ?」
「いえ。見た目は、気に入ってます」
「だったら、中の機能も気に入ってよ!」
「そこは……譲れません。仕事に支障が出かねないので」
「じゃあ、別のに変えなよ!」
「見た目が、いいんです」
二人の視線が交わったまま、ぴたりと動かない。静かにぶつかり合う応酬。その裏には、武器に対する“譲れない価値”があった。クロにとっては実用性。ウェンにとっては美学。それぞれが信じる正しさが火花を散らし、溝は深まるばかり。
「はいはい、そこまで」
アヤコがパンッと手を打ち、空気を断ち切った。
「ウェン。今回は折れてあげて」
「え~っ!? なんでよ!」
驚いたように目を見開き、ウェンがアヤコを見返す。
「簡単よ。下手すれば、予定してた武器の製作自体が無理になるかもしれないんだから。それに――造るには、稼いできてもらわないと始まらないでしょ?」
軽く言い放つアヤコの視線は、どこか真剣だった。
ウェンはむくれたように唇を尖らせ、視線を逸らす。
「クロも、少しくらい意見を飲んだら? そうしたらウェンも満足するし、もっと稼げるし、開発費だって出せるんでしょ?」
やんわりとした声で、水を向けるようにアヤコが問う。
「はい。……まあ、撃鉄くらいなら、残しても構いませんけど」
クロは少しだけ歩み寄るように答えた。だが、その声音には冷静さが残っていた。譲歩というより、許容に近い。
「わかった。……でも、完全に発射音を消すのは無理だからね。あと、火薬の破裂音のギミックだけは残させて。切り替えられる仕様にするから」
ウェンは念を押すように言いながら、どこか不満げに肩をすくめた。
「…………わかりました。そこは、お互いに譲るところは譲りましょう」
クロもまた、静かに応じる。視線を交わしたまま、二人はゆっくりと手を伸ばし、しっかりと握手を交わした。その手に伝わる感触は、意見の違いを超えて信頼へ向かおうとする、確かな温度を宿していた。
「まとまったね。じゃあ――ご飯、食べに行こうよ」
アヤコが笑顔で声をかけた。張り詰めていた空気がふっとほどけ、三人の間に柔らかな温もりが戻ってくる。
ロック・ボムの入口に掲げられていた「営業中」のホログラム看板が、「昼食中」へと切り替わったのを見届け、三人は近くの料理屋へと足を向けた。
自動ドアが静かに開き、クロが一歩踏み出した瞬間、眉がわずかに動く。
「…………ゼリー」
奥の調理場。機械が淡く光を放ちながら、ゼリー素材を投入されていく光景。その一瞬で、クロの表情が翳った。この世界では一般的な“食材”であると、理解はしている。それでも、視覚的な抵抗感が完全に拭えたわけではなかった。
「クロ、気にしない」
アヤコがやわらかく声をかける。まだ、たった二度目の食事。慣れていないのは当然だった。
店内は中華食堂を思わせる素朴な内装で、昼のピークを過ぎていたこともあり、客の姿はまばらだった。そのまま席へと案内され、三人が腰を下ろすと、卓上の端末が自動で起動する。アヤコが軽くタップすると、ホログラムのメニューが宙にふわりと浮かび上がった。
そのなかでも、クロの目を引いたのは――ラーメン。
醤油、味噌、塩、豚骨、鶏白湯、ブラック、牛骨、魚介、坦々、ミックス。あまりに多彩な種類に、思わず目を見開いた。
「……これは、なぜ?」
「何が?」
素っ気なく返すアヤコに、すかさず問いを返す。
「種類が多すぎます。通常、この手の料理は――絞り込むのが常識かと」
真顔で告げるクロに、隣でメニューを流し見していたウェンが、くつくつと笑い声を漏らす。
「そういうところ、クロってちょっとズレてるよね。こっちじゃ、これが普通なんだけど」
「……そうですね。私の知識が古いのかもしれません。ですが――節操がなさすぎませんか?」
顔はいたって真面目だった。その口ぶりに、今度はウェンが吹き出す。
「いやいや、これが普通なんだって。どれもすぐに料理が出来るし」
軽くあしらうようなウェンの態度に、アヤコが苦笑しながらフォローを入れる。
「クロ、そのへんでストップ。で、どれにする? 決まった?」
「…………醤油ラーメンで」
「はいはい。じゃあ――麺は?」
「麺……? 選べるんですか」
目を丸くするクロに、ウェンが呆れたように声を漏らす。
「え、普通に選べるけど? っていうか……アヤコ、クロどこで生活してたの?」
不思議そうに首を傾げるウェン。その視線を受けたアヤコは、一瞬だけ目を泳がせ、気まずげに笑みを浮かべる。
「いや〜、ちょっとね。野生児みたいなもんでさ。世間知らずすぎるのが、たまにキズなんだよ」
「そっか……まあ、変じゃないけどさ」
納得したように頷きつつも、ちらりとクロを一瞥するウェン。
「でも、こだわりは強いよね。そのわりに、知らないこと多いっていうか……なんか、ちょっと不思議」
その軽い一言に、アヤコは内心で冷や汗を浮かべながらも、表情には出さずに苦笑で受け流した。だが――そのやり取りは、当の本人には届いていなかった。
クロは、完全にメニューに没頭していた。
麺の種類は細麺、中太、極太、縮れ、平打ち、全粒粉、低糖質、もちもち、卵入り、春雨、グルテンフリー……さらにトッピングも、チャーシュー、味玉、メンマ、海苔、ネギ、キクラゲ、バター、チーズ、コーン、パクチー……とページをめくるごとに増えていく。
(……どこまで選べば、正解なんだ。これ、悩む)
真剣そのものの表情で、ホログラムの画面を見つめるクロ。その姿はまるで、戦場で敵機の性能を解析する時と変わらなかった。