石と銃と、三人の好奇心
誤字脱字の修正をしました。
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一旦話がまとまったあと、三人は再び店内のフロアへ戻った。クロは静かに歩きながら、あらためて店内を見回していく。そして――店の片隅に、ひっそりと置かれた一つの石に目を留めたクロは、その場でぴたりと立ち止まった。目を細める。その視線には、驚きとも、呆れともつかぬものが混ざっていた。
(……こんなところに、あるとは)
「どうしたの?」
突然動きを止めたクロを見て、隣にいたウェンが不思議そうに首を傾げる。クロは黙ってその石を指さし、静かに尋ねた。
「――この石は?」
指差した先には、つややかな輝きを放つ丸い石。飾り棚の一角にオブジェのように置かれていたそれは、一見すれば、ただのインテリアにしか見えなかった。
「ああ、それね」
ウェンが軽く笑いながら説明を始める。
「なんでも、昔どっかの国が侵略戦争で大敗したとき、撤退中にこっそり盗んできた石なんだってさ。格安だったし、“なんかピンときた”って理由で、父さんが買い取ったんだって」
「……そう、ですか」
クロは目を細め、じっと石を見つめる。
(ミスリルの原石……間違いない。精錬や細工の技術がなければ、ただの“綺麗な石”にしか見えないだろう)
心の中に確信はあったが、今この場で語ることはなかった。
(……今は意味がない。加工もできないから、確かにただの観賞用だ)
「綺麗だったので、つい――見入ってしまいました」
そう言ってクロが一歩下がると、すかさずアヤコが突っ込んでくる。
「へぇ~……クロでも“綺麗だな”って見惚れること、あるんだ?」
どこか楽しげに茶化すその言葉に、クロは即座に返す。
「お姉ちゃんも、綺麗ですから」
さらりと返されたその一言に、アヤコの動きが止まる。
「なっ……」
ぽんっと顔が一気に赤くなり、目を泳がせたまま言葉を失った。
「……そ、そういうこと急に言う!? もうっ……!」
ぷいっと顔をそむけるアヤコ。その耳までほんのり赤く染まっていた。ウェンは、赤くなったアヤコの横顔を見ながら、肩をすくめて小さく笑う。
「やり返されて照れてるなんて、ほんとアヤコらしいよね」
からかうように言いながらも、その表情はどこか温かかった。そんなふたりのやり取りの最中、クロはすでに別の一点に意識を向けていた。
店の片隅に、無造作に並べられていた一丁のビームガン。重厚なフォルム――にもかかわらず、クロの小柄な手でもしっかりと握れる絶妙なサイズとバランス。重すぎず、かといって安っぽくもない。ずしりと手のひらに伝わる感触に、自然と視線が吸い寄せられた。
(……この感覚、悪くない)
ただし――見た目には、かなりの“クセ”があった。リボルバー式のような回転シリンダーに、撃鉄を模した機構。古臭いというより、もはや“古風”を通り越して“様式美”といった佇まいだった。
「クロ、お目が高いね」
後ろからかけられた声に、クロがそっと顔を向ける。そこには、いつもの軽口とは違う、やや真面目な表情をしたウェンが立っていた。
「それ、見た目のわりに意外と性能いいんだよ。まあ……ニッチな客層向けのモデルだけどね」
そう前置きしながらも、彼女の口元には苦笑が浮かぶ。
「でも分類上は“ジョーク武器”。実用性もあるんだけど、やたらと凝ったレトロデザインと、意味ありげなギミックがてんこ盛りでさ」
ウェンは指を立てて、説明を続けた。
「見た目の通り、撃つたびにシリンダーが回転する。で、その6つのシリンダーには専用のエネルギーCAPが入ってて、それぞれ個別に発射できる仕組み。全体で10回転したら空になる設計で、撃ち切った後はCAPの交換か、チャージで再使用できるようになってる」
クロは黙ってそのビームガンを見つめながら、小さく頷いた。
「……専用CAPですか。効率は落ちますが、仕組みとしては――興味深いですね。威力は、どの程度出るのでしょうか?」
クロがビームガンをじっと見つめたまま問うと、ウェンはわずかに口元を緩め、指を一本立ててみせた。
「通常出力でも、一般の軍人が使用してるバリア程度なら貫通して風穴を開けられるほどの高威力だよ。超高出力なら、小型の機体なんか――バリアごと撃ち抜けるレベル」
「……なるほど」
クロは感心したように頷きながら、続けて確認する。
「ただし、燃費は――悪い、と」
「うん。超高出力時は、専用エネルギーCAPを一個丸ごと消費する。しかも一回転で6発しか撃てない」
事もなげに言いながら、ウェンは肩をすくめる。
「CAPさえあれば火力は保証されるけど、予備エネルギーCAPの持ち運びとその重さがネックって感じかな」
「……小型機体に対する対抗手段としてなら、生身でも充分対応できる可能性がある、ということですね」
「そういうこと。出力の調整もできるし、状況次第では便利だと思うよ」
そこで一拍置き、ウェンが指を二本に増やした。
「ちなみに、出力を最低まで絞れば――約300回転はいける」
「低出力だと……?」
クロが少しだけ眉を寄せて問い返す。
「せいぜい肌がちょっと焼ける程度。痛いけど、命には関わらない。威嚇用か訓練用ってとこかな」
ウェンはそう言って、苦笑を漏らした。
「出力は三段階に調整可能。通常出力、超高出力、そして……超低出力」
言いながら、両手で空中に区切りを作るようなジェスチャー。
「その超高と超低が極端すぎてさ。あまりにも振れ幅が大きすぎるってことで、マニアの間じゃ“ロマン武器”なんて呼ばれてたりする」
クロは静かにそのビームガンを手に取ったまま、表情を変えずじっと見つめ続ける。手の中にある重量と感触を確かめるように。そして――ごく短く、一言だけ告げた。
「……いくらですか?」
クロが静かに尋ねると、ウェンは肩をすくめながら答えた。
「まけて、840万Cでどう?」
即答での提示に、クロは少しだけ思案するように目を伏せる。そして、もう一つ質問を重ねた。
「専用エネルギーCAPの追加は、いくらですか?」
「ちょっと待ってよ」
そう言うとウェンは端末を操作し、投影ディスプレイにカタログ画面を浮かび上がらせる。
「えっとね、まず――専用エネルギーCAP6個入りと専用充電器のセットで6万C。CAPだけだと、同じく六個入りで4万Cだね」
「……充電器って、必要なんですか?」
クロの問いに、ウェンがぴたりと手を止め、怪訝そうに眉をひそめた。
「いや、いるよ。まさかと思うけど……クロ、今使ってるやつ、充電してないの?」
「はい。してません……知らなかったので」
その返答に、ウェンとアヤコが揃って固まる。
「……それで動いてたって、逆にすごくない?」
「いやいや、怖いって! 普通に電池切れるよ!? よく今まで動いたね!」
アヤコがツッコミ混じりに叫び、ウェンは頭を押さえるようにしてため息を吐いた。
「クロ、今使ってるビームソードとガン――エネルギーCAP、ちゃんと外して充電しなきゃダメだよ」
言いながら、ウェンは壁際の操作端末を軽く指差す。
「ほら、そこにあるワイヤレス給電ブース。あの中に入れておけば、勝手にチャージしてくれるから。今ちょうど空いてるし、置いていきな」
クロは一拍おいて頷き、静かに取り出した武器を手に向かう。
「……では、少しだけ失礼します」
その背中を見送りながら、アヤコが小声で漏らす。
「クロって、やっぱり機械音痴……っていうか、天然なんだよね……」
「うん。でも――そこが、魅力なんだね」
ウェンが笑いながらそう返し、アヤコも笑い、クロの後ろ姿を見つめていた。