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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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ベーミリオンの戦艦

誤字脱字を修正いたしました。

ご連絡ありがとうございました。

 夜になり、ようやくクレアとエルデが起きてくる。クロは助手席に座り、端末のホロディスプレイを指先で操っていた。アレクから送られてきたマルティラ軍と黄金の聖神の解析データが浮かび、複雑な光のパネルが幾重にも重なる。その情報量は膨大で、クロは小さく唸りながら項目を切り替えていた。


 二人の気配に気づくと、クロは端末を操作してホログラムをまとめ、助手席からキャンピングカーの室内へ移動する。


「明かりオン」


 クロの声に反応して照明がふわりと灯り、柔らかな光が室内を満たす。クレアとエルデはまぶしそうに目を細め、ゆっくりと瞬きを繰り返した。


「よく寝てましたね。よほど満足したんでしょう」


 クロがソファーの上にいるクレアの隣へ腰をおろすと、クレアは即座に膝の上へ移動する。甘えるように身体を寄せ、その黒い尻尾を嬉しげに揺らした。


 エルデは着崩れた服のまま、ベッドの上でもぞもぞと起き上がり、大きく腕を伸ばして伸びをする。そのまま緩んでいたベルトを整えながら、衣服の皺を軽く叩いたが――


「焼肉臭いっすね」


 頭をぽりぽりとかき、苦笑まじりに自分の服の匂いを嗅ぐ。


 クレアは自分のスカーフに鼻を寄せ、名残惜しげに目を細めた。嗅ぎ慣れた“幸せの匂い”を確かめるように、そっと息を吸い込む。


「さすがに、消臭しましょうか。エルデ、上の棚のナノスプレーで匂いを消してください」


 そう言われた瞬間、クレアは“えっ”と目を丸くし、名残惜しそうにスカーフを押さえる。


「クロ様、このままでも……」


「いえ、さすがにダメです。エルデ、遠慮なく」


 クロにそう言われ、エルデはナノスプレーを取り出してひと吹きする。瞬時に空気が変わり、衣服と室内に染み付いた焼肉の匂いが静かに消え始める。


 同時に、クレアの表情がしゅんと曇った。大好きな匂いが薄れていくのが分かるのだろう。スプレーの匂いに押されるように、焼肉の香り、さらに――クロの匂いまで薄れていくのを感じ取ったらしく、耳がしょんぼりと垂れ、尻尾も力なく垂れ下がる。


 そして、悲しさを紛らわせるようにクロへ身体をこすりつけ、頭を胸元へ押し当てた。その鼻先は、クロの胸元へ触れるように押し当てられる。まるで消えゆく匂いを少しでも“留めよう”とするかのように。


 クロは苦笑しつつ、その小さな頭を優しく撫でる。


「二人にも見てもらった方が良いですね」


 そう言うと、クロは端末を操作し、室内へホロディスプレイを投影する。先ほど解析していたマルティラ軍と黄金の聖神――二つの脅威のデータが鮮明に浮かび上がった。


「まず、マルティラ軍の構成なんですが……おかしいんですよ」


「おかしいですか?」


 クレアがクロの膝の上から身を乗り出し、浮かぶホログラムを見上げる。青い瞳が光を反射し、興味と警戒が同時に揺れていた。


 表示されているのは、各陣営の艦隊配置、使用されている戦艦・戦闘機・機動兵器のデータ。膨大な情報が網のように重なり、戦場全体の“異常な構造”がじわりと滲んでくる。


 クロは指先でマルティラ軍の表示領域を拡大する。光の枠線がぐっと広がり、三十一隻の戦艦が一覧で並んだ。


「まず、一番注目すべきはディング社製の戦艦。このシールド艦がそうなんですが……これ、フロティアン国でもマルティラの企業でもない。もちろんクァントス帝国でもないですよ」


 戦艦の一隻をアップにすると、ディスプレイいっぱいに巨大な艦影が映し出される。


 前面には、まるで要塞を切り取ったような分厚いタワーシールド。その表面には三重構造のビームシールドが層状に展開できる複合設計。“守る”だけに全振りした戦艦でありながら、主砲は存在せず、側面と後部に大量のミサイル発射管だけが整然と並ぶ。


 圧迫感のある異質なシルエット。本来の戦場運用とも、帝国の思想とも、フロティアンの技術体系とも噛み合わない。


 エルデは半分寝ぼけたまま髪を押さえつつ、ぽんとソファーに座り込んだが、画面を見た瞬間にはすっかり目が冴えていた。


「これ……完全に“防壁専用”じゃないっすか」


 思わずこぼれたエルデの声に、クロも小さく肩をすくめた。その仕草には、戦況分析の最中でありながら適度な緩さが残っており、空気にわずかな温度を加えていた。


「エルデは初めてでしたね。まあこれが見事な連携でした。だが問題はそこじゃないんです」


 クロはそう言うと、画面の一角を操作し、ディング社の項目を大きく表示させる。社名の下には、その所在国と登録背景が淡く光を帯びて浮かび上がった。


「これ、ベーミリオン王国の会社なんですよね。この国、帝国の向こう側にあるんですよ」


 指で軽く弾くと、別のホロディスプレイが展開し、宙域図が平面に投影される。帝国を挟み、そのさらに先に位置する五つの王国からなる連合国家――ベーミリオン王国の領域が赤く縁取られた。


 この連合王国は、中規模でありながら歴史が深く、独自の技術文化を育んできた国。その存在感は決して小さくないのに、帝国ともマルティラとも経済圏が遠い。


「え、それのどこがおかしいっすか?」


 エルデは首を傾げ、ぽりぽりと頭をかく。その素朴な反応に、クレアもクロの膝の上で耳をぴくりと動かし、画面を不思議そうに見つめた。


「いいですか、前提として――なぜ、ここにベーミリオン王国の戦艦があるかという問題です」

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