打撃武器に込めた願い
クロは静かに口を開いた。
「打撃武器が欲しい理由は――単に、血を出したくないからです」
一瞬、場に沈黙が落ちる。
「は……?」
「え?」
アヤコとウェンが、ほぼ同時に声を漏らした。
クロは微動だにせず、まっすぐに言葉を継ぐ。
「斬れば、血が出ます。けれど――殴るだけなら、骨を砕くだけで済みますし……相手も、死にません」
淡々と語られた言葉は、冷静で、しかしどこか底知れぬものを感じさせた。
「……クロって何? バーサーカーなの?」
ウェンがアヤコの方を振り返り、思わず確認するように問いかけた。
「…………正解」
アヤコはわずかな間を置いてから、苦笑まじりに頷く。
「でも、それならさ。普通に伸縮式のロッドとかでよくない?」
あくまで現実的な提案として、ウェンが続ける。
クロはその言葉に静かに頷いた後、補足を加える。
「はい。それでも良いのですが……もう少し機能が欲しいんです」
「例えば?」
「硬化時間を変えられたり、柔軟性を調整できたり――状況に応じて、いろいろな使い方ができればと思いまして」
その一言に、アヤコとウェンが顔を見合わせた。言葉はなくとも、その視線に宿るものは――完全に一致していた。
(ああ――これは確実に、“おもしろ案件”だ)
次の瞬間、ウェンの瞳がさらに輝きを増す。
「でさ、具体的にはどんな使い方を想定してるの?」
開発者としての興味が爆発しそうな勢いで問いかけてくる。
クロは少しだけ考える素振りを見せたのち、落ち着いた声で語り出す。
「例えばですが――相手に攻撃した際、スラコンが触れた瞬間から硬化が始まって、攻撃が終わる頃には完全に固まり、動きを封じられるような仕様に」
ウェンとアヤコの目が、同時に鋭くなる。だがそれは否定ではなく、真剣さの表れ。
「あるいは、スラコンを伸ばして、天井や壁に貼り付けて登ったり、渡ったりできれば――機動性にも活用できると思います」
「……なるほど」
ウェンは思わず頬を押さえた。興奮を抑えきれない表情。
「それ、夢あるね……いや、ロマンあるわ。粘着型支援ギアと捕縛装備のハイブリッド……」
「実用性もあるし、遊び心も感じるし……」
アヤコもすでに、頭の中で設計図が回り始めていた。
「ただし、条件があります。――小型であること。そして、ギルドで取り扱われているスライムカートリッジが使用できることが前提です」
クロは淡々と、だが明確に言い切った。
「えぇ〜? なんで? 工業用のカートリッジじゃダメなの?」
アヤコが不満げに唇を尖らせる。肩をすくめてブーイングの姿勢。
だがその横で、ウェンがすっと目を細めた。
「……そういうことか」
彼女は静かに頷き、納得の声を漏らす。
「ギルド製のスライムカートリッジなら、基本どのコロニーや都市にもある。補給もしやすいし、管理の手間もない。工業用は確かに高性能だけど、大容量でサイズも大きい。携帯性に欠ける」
クロの意図を読み取ったウェンが言葉を継ぐ。
「要は――“どこでも調達できて、常に使える”ってことが大事なんだよね?」
「はい。それが、理想です」
クロは短く頷く。
そのやりとりに、アヤコも渋々納得したように肩を落とす。
「うーん……それは確かに便利だけどさ……技術者泣かせだよ、まったくもう!」
文句を口にしつつも、アヤコの口元には笑みが浮かんでいた。
「それと――もう一つ条件があります。違法性のない範囲での改造に限ります」
クロがきっぱりと付け加えると、ウェンは即座に肩を跳ねさせる。
「なにそれ!? もう新規開発しか道がないじゃん!」
半ば叫ぶような声に、クロは小さく首を傾けて返す。
「そうなんですか? ……グレゴさんは“お父さんに言えばいい”って言ってましたけど」
「ああ……じいちゃんなら、違法スレスレくらいは余裕でやりそうなんだけどなぁ……」
アヤコがため息まじりにこぼし、ウェンも肩をすくめて静かに息を吐く。
「ほんと残念。もし今すぐ必要なら、既存装備の改造しか手がないもんね」
「急ぎではありません。ですので――造ってみますか?」
クロは静かに、しかし迷いのない声で提案した。
「ただ、資金はまだありません。ですから……少し先の話にはなりますが」
その言葉に、ウェンの顔がぱっと明るくなる。
「造る! 決まりだね! アヤコ、いいでしょ?」
「もちろん! 今は設計図だけでも十分。やれるうちに、やっちゃおう!」
二人の勢いに、クロも静かにうなずいた。
「では、お願いします。資金は貯まり次第、順次お渡しします。そこから必要な分を捻出してください」
打ち合わせと呼ぶには、あまりにも即興で、粗削りなやり取りだった。けれど――そこには確かに、挑戦を始めたふたりの意志があった。手探りでも、未完成でもいい。今この瞬間から、彼女たちの“試行錯誤”はもう動き始めていた。