試作案、ただいま暴走中
クロたちは陳列棚を見渡しながら、さまざまな武器に目を通していた。クロが気になるものを見つけては、アヤコとウェンが順に説明する――そんなやり取りが、自然と続いていた。
そんな中、クロの視線が一つのハンドガンで止まる。手を伸ばし、静かにそれを持ち上げた。
「このハンドガン……グリップに棘がついていますが?」
淡々とした問いに、隣にいたウェンが吹き出すように笑う。
「ああ、それ? 子どもが触らないようにっていう設計らしいんだけどね。見た目だけで、実際の棘は“ぷにぷに”だよ」
そう言いながら、ウェンは親指でグリップ部分を押してみせる。たしかに、針のように見えた突起は簡単に沈み込み、指にやさしく弾力を返した。
「……意味、ありますか? 撃ちにくいですし」
クロの指摘は冷静そのものだった。真顔で問いかけるその様子に、アヤコが肩を揺らして笑い、ウェンは小さく肩をすくめる。
「ジョーク武器の一つ。完全にウケ狙いだね」
「武器ってね、全部が全部、実用性だけで作ってるわけじゃないのよ。遊び心って、意外と大事だったりするの」
納得したような、しないような顔で、クロはそのハンドガンを元の位置に戻した。そして、少しだけ首を傾けたクロに、ウェンが改めて問いかける。
「でさ、クロはどんな武器が“いい”と思うの?」
興味を隠さず、素直な好奇心を乗せた声。その問いに、クロは一瞬だけ考えた後、静かに答える。
「……スライムですかね」
二人が同時に瞬きをする。
「……スライム?」
「まさかの、ネバネバ系!?」
思わぬ回答に、アヤコとウェンが顔を見合わせる。だが、クロの顔はどこまでも真剣だった。
「いえ、そういうことではなく……スライムタッカーの“スライム”、つまり中身のことです」
クロが補足するように淡々と答えると、アヤコとウェンが同時に「ああ」と声を漏らした。
「ああ、なるほど。あの『コンストラクト・シリコーン』、スラコンのことね」
「スライムって聞いたからさ、また変なおもちゃの話かと思っちゃったよ……」
二人の表情にすぐ納得の色が浮かぶ。
こうした現場では、日常会話よりむしろ技術用語のほうが伝わりやすい。クロの言葉も、その淡白な語調すら、二人にとっては“わかる言葉”として心地よく響いていた。
「そのスラコンなのですが――武器に応用された製品はありませんか?」
クロは真剣なまなざしで、棚に並ぶアイテムの一つひとつを見渡しながらそう尋ねた。
「昔はあったけど、今は見ないね」
ウェンが軽く肩をすくめながら答える。
「スライムタッカー自体は、今でも治安局とか軍関係、ギルドでも使われてるけど……基本は拘束用だけ。武器としては使われてないな」
その返答に、クロは小さく頷きつつも、どこか残念そうな表情を浮かべる。
「……なんで、スラコンを武器に?」
すぐ隣でアヤコが興味深そうに問いかける。その目は、すでにわずかに輝きを帯びていた。クロはそれに気づいて、わずかに一歩引いた視線を向ける。
「硬化具合がちょうど良かったので。もし細い棒状に成形できれば、打撃武器に転用できると思いました。硬化速度や強度が調整できるなら、用途はさらに広がるかと」
その説明を聞いた瞬間、今度はウェンの目が輝き出す。道具屋の顔から、一気に“開発者”の表情へと変わる。
「なるほどね……具体的な話、聞かせてほしいな」
「私も! クロ、その仕様案、詳しく教えて!」
アヤコの声は弾んでいた。ウェンも、興味津々の目でじっとクロを見つめてくる。
――そして、クロは静かに悟った。
(……これは、めんどくさいことになりそうだ)
その予感は、見事に的中する。二人に腕を引かれるようにして、クロは店の奥へと連れて行かれた。
簡素なスチール製の椅子に腰を下ろすと、アヤコとウェンは同時に端末を構え、記録準備に入る。動きが無駄にスムーズなのが、逆に怖い。
「で、で、どんなのが良いの!?」
アヤコの目はすでに輝きを通り越して光を放っていた。
クロは少しだけ面食らったように視線をそらしながら、静かに語り始める。
「まず……硬質で、壊れにくいこと。殴打にも耐えるような強度が必要です」
「うんうん」
「もし可能であれば、ビームや実弾にもある程度耐えてくれるとありがたいのですが」
「スラコンの種類によるけど、標準品でも高出力でなければ問題ないと思うよ」
ウェンがすかさず頷く。
「でもそれって、普通にビームソードでいいんじゃない?」
アヤコがふと我に返ったように口を挟む。
クロは静かに、しかし明確に否定した。
「……ビームソードも使います。ただ、切れてしまうのが問題なんです」
一瞬、アヤコとウェンの動きが止まった。
「……切れるのが、問題?」
「え、待って。切れるのがダメなら、そもそもビームじゃない方が……」
ふたりの混乱をよそに、クロはごく自然な口調で、静かに――だが、はっきりと告げた。
「ビーム装備はそのままでいいんです。けれど、“切れない”のが、ひとつ欲しいんです」
クロの声は、まるで新たな道を指し示すように、静かに、しかし確信に満ちていた。