革命の顔と、裏の歪み
エルデは身を縮め、クレアは肩の上でじっと様子をうかがい、パワーアーマーの兵士たちはいつでも動けるように膝へ力を込めていた。
その緊張の糸がきしむように張りつめた瞬間――場違いなほど豪快な笑い声が、応接室に響き渡った。
「ははははははははっ! 結構! それでいい!」
発信源は、先ほどまでクロへ威圧的な態度を取っていた男だ。威圧とは真逆の、腹の底から響くような大笑いに、室内の空気が一瞬だけ脱力する。
男は口角を大きく上げ、先程とはまるで別人のような豪快な笑みを見せながら言った。
「試す真似をした。詫びよう。すまん」
「いえ、気にしてません」
クロが淡々と返すと、男は満足げに頷く。
「うむ、なかなかの気概。女にしておくのはもったいないな」
その声に合わせ、男がパワードスーツの兵士へ軽く視線を送る。それだけで兵士たちは一斉に動き、無駄のない動作で応接室から退室していった。厚い扉が閉まると、部屋の圧力がほんの少しだけ和らぐ。
男は「ふう」と息を吐き、かぶっていた軍帽を片手で外すと、そのままソファーへ放り投げた。そして肩を回し、座面に帽子を敷くようにどっかりと腰を下ろす。
クロは改めて男の姿を観察する。鍛えられた体躯は鎧のように厚く、肌は褐色に近い色をしており、強い日差しの下で活動してきた者のそれだ。坊主頭からうっすら伸びかけた黒髪が見え、その濃い眉の下には野生動物のような力のある眼光が宿っている。
「さて、こちらが一方的に知っているのはフェアじゃないな。俺はタイソン・リュー。階級は大佐だ」
「クロです。肩にいるのはクレア、私の横にいるのはエルデ。私たちはハンターギルドからの依頼で、UPOから頼まれた長期化している内戦の現地調査のために来ました」
クロが簡潔に説明すると、タイソンは納得したように深く頷き、ポケットへ手を伸ばした。取り出したのは電子タバコのシリンダー。手慣れた動作でスイッチを入れると薄い発光リングが灯る。
「吸っても?」
「どうぞ」
許可を得ると、タイソンは肺の奥までゆっくりと吸い込み、吐息とともに真下へ煙を流す。白い煙が足元へ落ち、淡く散っていく。
「やれやれ、ようやく一服できる。さっきはすまんな」
「気にしてません。タバコも、ビアードに比べれば一言頂ける分、問題ないです」
クロがあっさり返すと、タイソンの口元がさらに深く緩み、すっかり表情から“試す側”の硬さが抜け落ちていた。その笑みに宿るのは、威圧ではなく、ようやく対等な相手だと判断したときの落ち着いた気配。
だが、クロが口にした“ビアード”という名前に、タイソンはぴくりと顔を上げ、前のめりになって問いかけてきた。
「報告は貰っている。反応が消えたという事は……死んだと思って喜びにあふれてる。死んだんだよな?」
声には安堵とも怒気ともつかぬ感情が混じっている。その裏に、革命派内部でのビアードブレイドの厄介さが透けて見えた。
「喜びますか……。再三警告を無視し、しかも自らビアードブレイドという犯罪組織だったと言う事でしたので、駆除しました」
クロは悪びれることもなく淡々と告げる。その声音は“必要だったからやった”ただそれだけを示す冷静さに満ちていた。
タイソンはもう一度電子タバコを口に銜え、深く吸い込む。そして、ため息とともに長く白煙を吐き出す。
「ふぅ〜〜……。正直に話すが、革命軍なんてクソだ」
投げ捨てるような言葉だった。肩書きが“大佐”であることを忘れるほどの率直さ。
「……大佐であるあなたが言いますか。というより、最初とまるで印象が違うんですが……今が素ですか?」
クロの問いに、タイソンは苦笑を混ぜながら答える。
「ああ。部下の前では威厳を保たんとな。だが、今ここには部下はいない。本音も漏れる」
肩の力が抜け、背もたれに体を預けるその姿は、先ほどまでの“威圧的な大佐”ではなく、“戦地に長く居すぎた一人の兵士”そのものだった。
エルデは小さく瞬きをして驚き、クレアはクロの肩の上で尻尾をゆるく揺らしながら、じっとタイソンの表情を観察していた。その揺れ方は、緊張と興味が入り混じったものだ。
「正直、もう国民がもたん。見たか? あの警戒具合」
タイソンは声を落としながらも、胸の奥に溜め込んだ疲労を隠そうとしなかった。
「あなたの指示では?」
クロが淡々と問いかける。するとタイソンは即座に首を振った。
「意味がない。なぜこんな疎開地に、ここまで厳重にしなきゃならん……怖いんだよ。黄金の聖神、それと――非戦がな」
その言葉には、軍人としての恐れではなく、もっと生活者に近い“不安”が混じっていた。
タイソンは端末を取り出し、ためらいなくホログラムを投影した。本来、外部者に見せるには機密度が高すぎる映像のはずだ。
そこに映し出されたのは、数名の重要人物の顔写真と名前だった。
「ユウタ・カワムラ。十四歳ですか……これが黄金の聖神のリーダー? それにこっちは非戦の聖女ルナ・レイク、十三歳……。所在地は不明なんですね」
「ああ。ちなみに黄金の聖神は“リーダー”って呼ばない。神、と。奴らはそう崇めている」
タイソンはそう言いながら電子タバコを胸ポケットにしまい、面倒くさそうに顔をしかめた。指でホログラムのひとりひとりを示しながら説明を続ける。
「元々は、このトゥトリの人工森林エリアで見つかった子供だ。養護施設で育ち、のちに革命派に――その施設の連中と一緒にな。そこまではいい。問題は“その後”だ。離反し、どこで手に入れたのやら……見たこともない機体や戦艦が急に湧いて出た」
タイソンの声には、恐怖と諦めがわずかに混じっていた。軍人としての冷静さを保とうとしても、言葉の端々に滲む焦りは隠しきれていない。
「今では保守派や革命派に並ぶ勢力だ。俺たち革命軍の兵士が言うのも変だが……あいつらの方がよっぽど“革命らしい革命”をしてやがる。ただ厄介なのが、神を名乗るその思考だ。もしこいつらが完全に民衆をまとめ上げたなら……この国は間違いなく“宗教国家”になる」
その言葉には、ただの揶揄ではない現実味が宿っていた。兵士としての危機感と、国の未来を案じる焦燥。その両方が胸の奥で渦を巻いているのが伝わってくる。
エルデは思わず息をのみ、クレアはクロの肩の上でぴくりと耳を動かす。革命派内部の兵士である大佐がここまで言う時点で、状況の深刻さは明らかだった。
クロは無言のままホログラムを見つめている。そこに映る少年――ユウタ・カワムラは、整った……いや、整い過ぎているほど均整の取れた顔立ちをしていた。短く切り揃えられた黒髪は清潔感があり、どこか“作り物のような”完成度すら感じさせる。
タイソンは続けるように指先を滑らせ、別の映像を呼び出した。
「そして非戦の聖女ルナ。こいつらは表向きは“戦わない”、ただ祈るだけの集団だと吹聴している。だが――裏では違う」
淡い光が切り替わり、新たな顔写真が映し出される。少女ルナの面差しは幼く、どこか儚い。しかし、その奥に潜むものを知っている者の目には、別の色が見える。
タイソンはため息をひとつ挟み、さらにもう一枚のホログラムを重ねて表示した。
「こいつの母親、サンデーン・レイク。……こいつが“非戦”の黒幕だ」
映し出されたのは、落ち着いた雰囲気をまとった女性だった。微笑みは穏やかで、どこにでもいる優しげな母親に見える。だが、その目の奥には、何層にも積み重なった計算と執念のようなものが潜んでいた。
「表向きは娘を守る聖母気取りだが……実際はまったく違う。非戦の信者を装いながら、裏では各方面に戦艦や機体、兵器に補給物資まで――ありとあらゆるものを売りさばく“商人”だ。しかもただの商人じゃない。奴は金と情報の流れをすべて握り、必要とあらば敵味方関係なく武装を供給する」
タイソンは苛立ちを押し殺すように吐き捨てる。
「非戦の“祈り”なんざただの飾りだ。聖女ルナ本人は恐らく何も知らないだろうが……本当の姿は、内戦前から裏商人として動いていた連中の“大元”だ。革命軍だろうが保守派だろうが……頼まれりゃ平気で武器を売りつける。あいつらは“誰が死ぬか”なんて本気で気にしちゃいない。……むしろ俺たち革命軍なんざ、奴の掌の上で踊らされてるのかもしれん」
その声音には、軍人の立場を越えた憤りと、国民としての危機感が混じっていた。
クロは静かに視線を落とし、もう一枚の母娘の写真が映るホロディスプレイを見つめる。ルナの肩に手を置くように写っているサンデーン――その微笑みは、穏やかで優しげにすら見える。だが、その“完璧な整い方”が逆に不気味なほどで、表面の柔らかさが裏の冷徹さを際立たせていた。
(……この国の内戦。表面上は派閥争いに見えるが、裏で動いているのは“宗教”でも“革命”でもない。もっと別の……歪んだモノだな……なるほど。“神”と“非戦”が脅威とされる理由は……ここか)
クロは微かに目を細める。平和や祈りを掲げる裏で、どれほど巨大な歪みが動いているのか。その渦の中心が、今まさにホログラムの中で微笑むこの母親と娘――その二人であることを、静かに理解していった。




