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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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街へ至る緑の道

 しばらく走り、人工の森を抜けると、道幅のある舗装道路が姿を現した。行き交う車の数も決して多くはないが、人の生活の気配が確かにある。


「これって不思議に思われないっすか?」


 エルデが前方を見つめたまま疑問を口にする。


「だからキャンピングカーなんですよ。森でキャンプしていた――そう言い訳もできますので」


 運転席の後ろからクロが答え、クレアを肩に乗せたまま助手席へ移る。窓の外を流れていく車列を見れば、珍しそうにちらりと視線を向ける者はいても、追跡するほどの興味はないようだった。


 やがて道路に乗ると、キャンピングカーの補助システムが道路側の誘導とリンクし、ハンドル操作もアクセルも不要で滑らかに速度調整を始める。機体が自ら道を読み取るように進むその挙動に、クロは軽く目を細めた。


 そして太陽の位置を見て、小さく呟く。


「こっちはまだ朝ですか……エルデは眠くはないですか?」


 問いかけると、エルデは即座に笑顔で返した。


「それがっすね、全くなんっすよ。クロねぇと出会ってからしばらくして、あんまり眠らなくてもよくなったんすよ。たまに寝たふりしてどれだけ起きてられるか試したっすけど、いつまでも出来そうだったんで辞めたっす」


 妙に誇らしげな言い方だった。その“無邪気な自信”に、クロは小さく苦笑しつつ、ふと胸の奥に微かな罪悪感が灯る。


(これも俺の血の影響だろう。うむ……エルデを救うためだったとしても、少し申し訳ないな)


 心の中でそっと詫びを言い、ちらりとエルデの後頭部を見る。


 短かった髪は以前よりずっと伸び、今ではボブカットへ近づいている。左側の前髪の一部だけは、鮮やかな金髪の中に黒い色が混じっていて、その“まだらの一筋”が良いアクセントとなっていた。エルデは気にしていないようだが、クロにはその色が自分の血を象徴しているようにも見える。


(いつか話さないといけないが……まあ、まだいいだろう)


 そう思い、クロはゆっくりと窓の外へ視線を向けた。そこには一面に広がる畑――地平線まで続く加工用大豆の広大な緑が揺れている。コロニー内の人工農場とは違う、外気と土に晒された“本物の畑”。収穫前の青々とした葉が陽光を受けて輝き、その瑞々しさが車内の空気にまで伝わってくるようだった。


「綺麗ですね……野菜の癖に」


 クレアが肩の上で苦々しく呟いた瞬間、車内には小さな笑いが広がる。


「これが今の肉の元ですよ。そんなに毛嫌いしないように」


「しかし、肉とはもっと……こう……」


「でもクレアねぇ、なんだかんだ文句言ってるっすけど、嬉しそうに肉食べてるっすよね?」


 エルデがにやりと笑って言うと、クレアは一瞬黙り――次の瞬間、クロの肩からエルデの頭へ軽やかに飛び移り、いつもの“前足スタンプ”を開始する。ぽす、ぽす、ぽす、と小気味よい音が続く。


「いいから! 余計なことは言わない!」


「え~! 今のはクレアねぇが悪いと思うっすよ~~~!」


 エルデが半分笑い、半分悲鳴のような声を上げながら運転を続ける。キャンピングカーはゆっくりと街へ向かっていく。


「クレア、危ないからその辺で。美味しいから良い。それでいいじゃないですか」


 クロが柔らかく声をかけると、クレアは前足スタンプをぴたりと止め、助手席と窓の間に身体を丸めるようにして、少し不貞腐れた姿勢でふて寝を始めた。尻尾だけがぴくぴくと揺れているあたり、本気で怒っているわけではないのがわかる。


「クロねぇ、ありがとうっす」


「いえ。それより……見えてきましたが、なかなかに賑やかそうですね」


「そうっすね。車も増えてきたっすね」


 エルデはちらりとサイドミラーを見て、ほんの一瞬だけ表情を引き締めた。すぐにいつもの笑顔へ戻ったが、その一瞬の静かな緊張がクロの視界に確かに映る。


 窓の外では、農村地帯ののどかな景色から少しずつ建物の密度が増え、舗装された道路に人と車の流れが現れ始めていた。疎開地から近いせいか、荷物を積んだエアカーや、逃げてきた家族らしい姿も見える。どこか落ち着かない空気と、それでも日常を取り戻そうとする人々の営みが交じり合っていた。


 街の息遣いが、車内の空気にじわりと溶け込んでいく。目の前にはまだ距離があるものの、戦艦や地上専用艦、その護衛となる機動兵器が整然と並ぶ姿が見えていた。そのどれもが革命派の赤い塗装で統一され、この一帯が革命派の支配地域であることを否応なく示している。


 クロが車内のナビを確認すると、現在位置はどうやらトゥトリの軍港に隣接するエリアのようだった。その瞬間、突如として腹に響くような轟音が鳴り響き、わずかに車体が揺れる。


 クロは窓を開け、空を見上げた。青空を切り裂くように戦闘機が飛び立ち、後方に淡い航跡を残す。周囲には青々とした畑が広がり続けているはずなのに、その合間を縫うように監視ドローンが一定の間隔で巡回し始めていた。自然の静けさと軍事的な気配の混ざり方が奇妙で、どこか異質な重さを伴っている。


「どうやらトゥトリの監視内に入りましたね。内戦中の疎開地でこの監視体制はいささか行き過ぎにも見えますが」


「そうっすね。でも、安心して暮らすためじゃないっすか?」


「……そうだといいんですけどね」


 クロの声音は柔らかいが、その中にかすかな懸念が混じっていた。エルデは前を向いたまま軽く頷くが、クロの胸にはひっそりと緊張が積もる。


 車はそのままトゥトリの街に近づいていく。気づけば、建物の外観も農村のものから都市部のそれへと変わりつつあった。


 クロは窓から視線を移し、遠くに見えてきた大きな街並みを見つめる。


「面倒な事になるよな……」


 その小さな呟きは、助手席でふて寝しているクレアにだけ届いた。クレアは肯定するように尻尾を一度だけ小さく揺らし、目だけを細めたまま、再び窓の外へと意識を向ける。


 クロも再度視線を外へ戻した。青々とした畑に対して、空を舞うドローンの数はあまりに多い。その機体が向けてくる無機質な視線は、どこか“生き物の警戒心”にも似た鋭さを帯びており、ほんの少し背筋が冷えるほどだった。

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