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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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境界を越えて仲間のもとへ

「ひとまずはそんな感じですね」


 アレクはそう締めくくり、端末を操作してクレアとエルデの現在地を確認する。マルティラⅡには無事に降りられたようで、二人の位置情報は予定のポイントで固定されていた。ピンは微動だにせず、その場で待機していることがはっきりとわかる。


「着いたようですので、私も向かいますか」


「また転移ですか?」


 アレクが確認するように問いかける。クロは首をわずかに傾け、一言だけ軽く否定するように返した。


「クーユータ側の倉庫にドアを置いておきましたので、そこから向かいます」


 その言葉に、アレクの脳裏にランドセル側に設置された転移シャッターの構造がふっと浮かぶ。だが同時に、クロの言う“ドア”の意味がどうにも気になって表情が曇る。


「転移ドア……ですか?」


「ええ、どこでも――」

「社長!それ以上は危険です」


 クロが小さく瞬きをする。アレクは額に手を当て、首を振りながら続ける。


「理由はわかりません。ただ……世界そのものから警告を受けたような、妙な嫌な感覚が走りました。あの名称は、口にしない方が良い気がします」


 クロは小さく息を吐き、口を閉じる。曖昧な直感だけに、逆に説得力が宿る。


「何故かはわかりませんが、本当にやめた方が良いです」


 アレクは額に手を当てつつ、どこか遠い目でそう告げた。不思議な直観だったが、その“確信的危険感”はブリッジの空気にまで伝わるほど強い。


 クロはそんな彼を見て、静かに頷く。アレクの表情にはまだ不可解さが残っていたが、それすらどこか微笑ましい。


「まあ、ダメですよね。転移ドアを置いてますので、そこから行きます」


「わかりました……しかし、なんでしょう今の感情は?」


 アレクは眉を寄せ、首を小さく傾げた。胸の奥で“警鐘”のようなものが鳴ったのを、自分でも説明できないらしい。


 クロはその真剣さが可笑しくて、苦笑を漏らした。


「神様が止めたんでしょう。色々と問題がありそうでしたから」


「はぁ」


 アレクは納得したような、していないような曖昧な反応をしつつも頷いた。口では返事をしているのに、心の中でまだざわついているのが見て取れる。だが次の瞬間には、彼の表情が仕事モードへ切り替わった。


「ついでの報告で申し訳ないですが、頼まれていた解析データを後で送っておきますので確認しておいてください」


「わかりました。とりあえずまた急に帰りますので、よろしく」


「了解です。なるべく驚きません」


 軽口のつもりなのだろう。苦笑を浮かべたアレクに、クロも小さく笑みを返し、ブリッジを後にした。


 ――クーユータ側の倉庫。


 入室すると、無重力の静寂がクロの髪をわずかに揺らした。その倉庫の壁には、ピンク……ではなく白いドアがぴたりと接地している。この宇宙空間の倉庫に不釣り合いなほど“生活感”を持つ色合いは、どこか滑稽ですらあった。


 クロは迷うことなくそのドアを開き、一歩踏み出す。ドアを一歩くぐった瞬間、視界がわずかに揺らぎ、まるで薄い膜を破ったような抵抗がクロの頬を掠めた。


 無重力がふっと剝がれ、足裏に重さが戻る。空気が違う――金属臭ではなく、暖かい“生活の匂い”が胸いっぱいに広がり、クロはほんの一拍、静かに呼吸を整えた。


「……やはり境界を越える感覚は独特ですね」


 境界を越えた余韻が、体の芯にまだわずかに残っていた。完全にくぐり終え、ドアを閉めると完全に空気が変わった。


 薄暗いが、そこには確かに“生活”の匂いがあった。視界に入ってきたのは、立派なキャンピングカーの内装。収納棚、設備パネル、ベッド。どれも整然と配置されていて、静かで温かい空間が広がっている。


「久しぶりの生の重力……やはりコロニーとは少し違うな」


 クロは小さく呟きながら、キャンピングカー内部を歩き、出入口のドアへ向かう。その扉を押し開けた瞬間――外の光が一気に差し込み、コンテナ全体が明るくなる。


「クロ様! お戻りでしたか!」


「クロねぇ!! どうやってここに居るっすか?」


 コンテナのドアを開いた途端、クレアの瞳がぱっと輝き、小さな身体いっぱいで喜びを表した。尻尾はまるで風を切るように勢いよく揺れ、その動きだけで溢れんばかりの感情が伝わってくる。


 一方のエルデは、コンテナのドアが開いた瞬間にクロがキャンピングカーから出てきたことに驚いたらしく、反射的に一歩後ろへ跳ねるように下がった。だがクロの姿を確認すると、安堵が胸の奥からふわりと抜けていき、ほっと短く息を吐いて胸を撫で下ろしていた。


「戻りました。とりあえずは戦艦は塵にしておいたので問題ないですよ」


 クロがそう告げつつコンテナの外へ歩み出ると、外は人工的に整えられた林が等間隔に広がっていた。木々の配置はあまりに規則的で、人の手が入っていることがすぐにわかる。自然の気配はあるのに、どこか管理された静けさを纏っていた。


「とりあえずコンテナとファステップを一旦隠しましょうか。エルデ、コンテナの中から迷彩シートを出して下さい」


「了解っす!」


 エルデは返事と同時に表情を明るくし、勢いよく駆けだしてコンテナ内へ戻った。少しして、フロート台車に乗せられた大型のボックスを嬉々として押し出してくる。どこか新しい玩具を前にした子供のようなワクワクした気配が全身から滲んでいる。


 エルデは蓋を開けると、端末を操作して起動。次の瞬間、四機のドローンが滑るように飛び出し、それぞれが巨大な布の端を掴んで上昇していった。


 布は空中で大きく展開し、影を落としながらゆっくりと下降する。箱型に変形しているファステップと、その横にあるコンテナを覆い込むように被さり、やがて迷彩機能が起動した。布の表面が呼吸するように色を変え、木々の陰や地面の色へ滑らかに溶け込んでいく。


「これで上からの偵察は完全に防げますね」


「横はちょっと甘いっすけど……」


 クロは肩をすくめ、淡く笑った。


「問題ありません。ここは移動予定地点ですし、長時間の隠蔽を想定していません。必要ならすぐに別の場所へ転移できます。……むしろ、機動力の方が重要ですね」


 シートの色が周囲に溶けていく中、三人の緩やかな空気だけが静かに場を満たしていく。人工の森と静かな風が周囲を包み込み、三人の小さなやり取りがその場に穏やかな空気を広げていった。

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