この武器屋、乙女にして物騒
クロは、アヤコの「妹」という紹介には一切触れず、まっすぐにウェンへ向き直った。
「初めまして。ハンターのクロ――クロ・レッドラインです。……シゲルさんの養子になりました。つまり私は、アヤコさんの“叔母”になります」
淡々とした語調ながら、内容だけは衝撃的だった。
「クロ~っ! “お姉ちゃん”って呼んでって言ってるでしょ!」
アヤコが焦ったように声を上げるが、クロは一切ブレることなく、表情も変えずに言い放つ。
「法的には叔母ですので」
一拍の沈黙が落ちた。
そして次の瞬間、ウェンがぽつりと呟いた。
「なるほど。……って、え? シゲルおじさんの“養子”? 叔母って、マジ?」
反応が半歩遅れたウェンの言葉に、アヤコが吹き出すのを必死に堪えていた。
「そうなんだけど、クロ? 外では“お姉ちゃん”で通してるんだからね?」
「もちろん、外ではそう呼んでいます」
「……いつの間に徹底してんのよ、もう……。まあ、いっか!」
アヤコがあきれ顔で肩をすくめる中、ウェンが手を差し出した。
「私はウェン・ボム。アヤコの友達で、この店の看板娘ってとこ。よろしくね」
クロもその手を受け取り、丁寧に握手を返す。
そして――ウェンが、わずかに目を細める。
「……ん? なんか、手の感触が変。これ……武器使いってより、格闘系じゃない?」
クロは小さく瞬きをしてから、静かに頷いた。
「はい。正確には“格闘”というより、“暴力”の方が近いかと」
そのあまりに素直すぎる自己申告に、アヤコとウェンがそろって吹き出した。
「でも……握っただけで、わかるんですね」
クロが静かに問いかけると、ウェンは片眉を上げて、肩をすくめた。
「そりゃ、武器屋だもん。握手って、けっこういろんな情報が伝わってくるのよ。特にウチは感覚重視だからね」
そして、言葉を継ぐ。
「でも――ちょっと不思議なんだよね。クロって、すごく“格闘向き”なんだけど……決して他の武器が使えないって感じじゃないのよ。ただ、それにしても――“向きすぎてる”っていうか、ね」
ウェンの視線が、ほんの一瞬だけクロの手元に落ちる。
「万能型って言うには、あまりに極端。……この感触は、初めてかも」
その評価は――正しかった。
バハムートという“本体”を持つクロは、本来の姿であれば、ただ太い四肢を振るだけで、すべてを薙ぎ払う存在だ。
格闘術ではない。戦闘技術でもない。――それは“暴力”そのもの。
あくまでも、それは本体の能力。だが、クロという分身体にも、その“色”は色濃く残っていた。
握った手のわずかな重み、密度、力の入り方。それらを通して、ウェンはそれを――ほぼ正確に見抜いていた。
(……この子、只者じゃないな)
心の中で、そう呟きながらも、ウェンは顔には出さないままだった。
軽く手を放すと、クロは再び店内へと目を向けた。無数に並ぶ武器たちを、一つひとつ丁寧に観察するように見渡していく。
「何か、欲しいものあるの?」
隣で様子を見ていたウェンが尋ねる。
「今回は――買う前の下見です。……グレゴさんに、実物を見ておいた方がいいって言われました」
クロの言葉に、ウェンはすぐに頷きながら口元を緩めた。
「ああ、クマのおっさんに言われたんだ?」
「はい。森のくまさんに」
きっぱりと、真顔のまま返され――
「ぷっ……!」
ウェンは思わず吹き出した。
アヤコはそんな二人を見て、肩を揺らして笑いながら一言。
「森じゃなくて、ギルドでうろついてるくまさんね!」
「これ、本人に聞かれたらまずいよね。……うん、もうやめとこ」
ウェンは口元を手で覆いながら、苦笑を浮かべる。
けれど、すぐに顔を上げて続けた。
「でも――おっさんの紹介か。なら、好きなだけ見てってよ。特別扱い、しちゃうから」
ウィンクひとつ、軽く投げるようにして微笑むウェン。その仕草に、アヤコがすかさず口を挟んだ。
「ウェン、一緒に説明して。さすがに私でも全部は把握しきれてないし、クロも混乱すると思うから」
「了解。任せて!」
威勢のいい返事が返ると、三人はそのまま店内を巡り始めた。
爆音のロックミュージックが天井から降り注ぐ中、クロは真剣な眼差しで陳列棚の一つひとつを見つめていた。
その様子を確認しつつ、ウェンがふと尋ねる。
「……確認なんだけどさ、今使ってる武器って、何?」
クロは無言で応じ、ジャケットの内側からビームガンと腰からビームソードを取り出してみせる。どちらもギルドから支給された初心者用装備だった。
「おお、それか。ギルドの新人に配るやつだね」
見るなりウェンは頷き、軽く指先で銃身をつついた。
「うちで扱ってるのに比べたら、かなり威力は控えめ。扱いやすさ最優先って感じで、癖がない分、正直ちょっと物足りない人も多いけど……」
「なるほど。……威力が低いとは、感じませんでした」
クロは小さく首をかしげた。純粋な反応だった。
「マジで? そっか、そっちの方が驚きだな」
ウェンは軽く目を見開き、楽しげに笑う。
「初心者用で『充分』って思えるのは、もう素で強いって証拠。逆に言えば、これ以上の武器を持たせたら――どうなっちゃうんだろって感じだね」
その言葉に、すぐ隣で話を聞いていたアヤコがクロを見やり、肩をすくめるようにして言った。
「それって、ヤバいね。クロ、どうするの?」
アヤコが笑いながら問いかける。
クロは少し考えるように目を伏せたあと、静かに答えた。
「……バズーカで殴った方が、効率的ですかね」
「バズーカは、撃つものだからっ!!」
アヤコが即座に両手を振って叫ぶ。
「いや、むしろそれで殴る発想が出るのすごいって……!」
ウェンが吹き出しながら腹を抱える。
ロックが鳴り響く店内に、笑い声が重なる。
武器と爆音の中に、ひときわ異質で、乙女の会話にしては物騒だった。