表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

539/572

裁きの静寂

 クロは、真空の宇宙をまるで重力すら関係ないかのように歩き、静かにバハムートの首元の疑似コックピットへと辿り着いた。開かれた装甲が迎えるように展開し、クロが身を滑り込ませると、透明なカバーがしんと閉じ、彼女はモノリスの座へと沈み込む。


 その間――敵艦からの攻撃は、一発たりとも撃たれなかった。


 バハムートを真正面から見つめる兵士たちは、もはや銃を持つ指すら震え、口を開けることすらできない。全員が“理解してしまった”からだ。


 ――これは戦うべき“敵”ではない。

 ――撃った瞬間、こちらが滅ぶ。


 その認識が、艦内の空気を完全に凍りつかせていた。


「……あれ? 撃ってこないんですか? 新生ビアードブレイドの門出ではないんですか?」


 疑似コックピットから外の映像を見つめながら、クロは小首を傾げる。その声音は穏やかで、どこか楽しげですらあった。しかし内容は、死刑宣告となんら変わらない。


 その意味を悟った者から、順に絶望が走った。


「――なら、死にましょう」


 静かに告げ、クロは両の掌を合わせる。


 同時に、バハムートの両拳がゆっくりと重なり、その中心に“闇の光”が生まれた。禍々しくも美しい漆黒の輝き。光でありながら、周囲の光を喰らうような“深淵”の色。それは、世界そのものを砕くために生まれたかのようにうねり、膨らみ、凝縮されていく。


 やがて――ふたつの掌に、完璧な球体の漆黒が宿った。


 クロが軽く息を吸い、ただ一言。


「フレア」


 その呟きとともに、光弾は戦艦へ向けて解き放たれる。決して速くはない。羽根でなぞるような滑らかさで、宇宙を裂きながら進んで――


 触れた。


 爆発は無い。高熱も衝撃波もない。


 ただ――消滅。


 二隻の戦艦は、まるでそこに存在した記録ごと削除されたかのように、跡形もなく“空白”だけを残して消えていた。残骸すら許されず、世界からごっそりと切り取られたかのような静寂が漂う。


 残ったのは――砕け散った旧戦艦の残骸。ひしゃげて漂う鉄くず。そして、震えながら逃げられなかった脱出艇。


 バハムートの巨大な腕が、迷いなく伸びる。逃げ場のない宇宙において、それはまさに“死そのもの”の訪れだった。


 脱出艇は、抗うこともできず、その大きさの掌に包み込まれた。絶対的な隔絶感。抗いの余地すら存在しない力の差。それはまるで、神話に語られる“罰”そのものだった。


「全く。警告時に帰っておけばよかったのに」


 クロは冷ややかに呟く。その声音には怒りも憎悪もない。ただ“無駄な存在を処理する”という事務的な響きだけがあった。


 次の瞬間――バハムートの指がわずかに締まる。金属が軋む音。外殻の悲鳴。内部から押しつぶされる骨と肉の、聞こえるか聞こえないかの微かな音。


 悲鳴も、嘆きも、祈りも。全てが掌の中で押し潰され、まとめて沈黙へと吸い込まれていく。


 やがて、何も残らない。


 手を開いた時、そこにあったはずの脱出艇は粉々の金属片と化し、わずかに漆黒の光を反射しながら静かに散っていった。


 こうして――ビアードブレイドは、完全に殲滅された。散り散りになった残骸は沈黙した宇宙に漂い、微かな光を反射していた。破壊の熱がまだ残っているのか、ところどころが赤く揺らめき、それらがまるで息絶えた叫びの残痕のように揺れていた。


「これで懸賞金は頂きだな。1,000万C……俺より安いとはな」


 一息ついたような声音で、バハムートは戦場へ冷ややかに視線を送った。目に入るのは、脅威の影すら失った鉄の残骸だけ。そこには生者の気配はなく、ただ終わりの静寂が漂っていた。胸の奥では、勝利の高揚ではなく、戦いが閉じたとき特有の冷たい風がそっと吹き抜けていく。


 散らばった戦艦の残骸へ視線を向けると、バハムートは静かに呼気を整えた。次の瞬間、漆黒の光が空間へ広がり、鉄片は熱で溶けるのではなく、塵へと還るように消えていく。フレアが宇宙をゆっくり洗うたび、周囲にこびりついていた戦場の気配すら薄れていった。


 片づけ終えると、バハムートの輪郭がふっと揺らぐ。そのまま空間から掻き消えるように、完全に姿を消した。


 転移先はレッドライン内部――戦艦が停泊する広大な空間。静かな闇と機器の微かな光に包まれた場所で周囲を確認すると、バハムートは目を閉じ、意識の核をクロへと戻す。


 クロは疑似コックピットの中でそっと瞼を上げた。モノリスの背から伝わる微かな振動が、緊張の余韻をまだ体内に残しているようだった。外殻を流れる冷たい空気の残滓が肌に触れた錯覚があり、戦場の光景がかすかに脳裏へ戻る。それでもクロは静かに息を吐き、胸に溜まった感覚をひとつずつほどくように思考を切り替えた。


 転移を発動すると、視界は瞬きの間に変わり、ブラックガーディアンの館内へと移る。薄い灯りが床へ落とす影は穏やかで、空調の柔らかな風が頬を撫でる。先ほどまでの戦場の冷たさが遠ざかり、身体の内側にゆっくり温かさが戻ってきた。


 クロは軽く首を回し、呼吸を整えると、自然な足取りでブリッジ――ランドセル側へと歩き出す。つい先ほどまで宇宙を焼き払っていた存在が、今はいつもの小さな足音でブリッジへ戻ってくる。ブリッジのドアが静かに横へスライドし、操縦席に座るアレクの後ろ姿が視界に入った。背筋を伸ばし、計器を確認するその姿は、いつも通り冷静で頼もしい。


「早速ですが帰ってきました」


 一声かけた瞬間、アレクの肩がわずかに跳ねた。


「……早速すぎますよ、社長」


 驚きと呆れを混ぜながら、アレクはゆっくり振り返り苦笑を浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ