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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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歪んだ歓迎

 戦艦がゆっくりと間合いを詰めてくる。その船体は、冷却材の流光が脈打つように走り、赤橙の輝きを放っていた。無機質なはずの外殻が、まるで熱を帯びた生命の皮膚のように脈動して見える。表面には、青い下地に白く書かれた「マルティラ」の文字。だがその上から、無造作に赤いバツ印が殴り描かれている。そして、その下には新たなロゴ――「独立マルティラⅡ」と名乗る文字列が、統一感のない書体で乱立していた。その並びは、見る者の神経を逆撫でするような不安定さを孕み、反骨心というより“迷走”そのものを象っていた。まるで“国家への反骨心”と“センスの無さ”がそのまま具現化したような、ちぐはぐなデザインだった。


 戦艦の船体そのものは、軍用らしく無駄のない流線型。外装には継ぎ接ぎひとつなく、機能美に徹した硬質な美しさがあった。だが――


「ロゴのセンスがないな。……タンドールにデザインしてもらえよ」


 クロは腕を組みながら、呆れたようにそう呟いた。その声には皮肉というより、本気で残念がっている響きすらある。そのまま、目前に迫る軍用機体を、僅かも怯まず真っ直ぐに見据えた。


 戦艦から伸びた機体の腕が、機械的な駆動音と共にこちらへと迫ってくる。無骨なアームが、少女の身体を金属の殻ごと握り締めた。表面がきしむほどの圧力に外装が軋みを上げたが、その内側には痛みの反応など微塵もなかった。金属同士がきしむような音が空間に響き、強制的に締め上げるその圧力は、常人であれば肋骨が悲鳴を上げるほどのものだった。


『どうだ? 痛いか』


 通信越しに響いたのは、どこか歪んだ満足を含んだ声。


 だが――


「別に」


 クロはただ、坦々とした声で返した。抑揚もなければ、怒気もない。そこには、苦痛も困惑も存在しない。まるで、自分が握り潰されているという事実にすら興味がないかのようだった。


『……チッ』


 短く舌打ちが響く。次の瞬間、機体はそのまま掴んだクロの身体ごと加速し、戦艦本体へと向かっていく。格納口へ繋がる帰還デッキへ、強引に突っ込むような軌道で突入を開始した。衝撃に備えるでもなく、クロはそのまま掴まれた姿勢で空を見上げる。この時ですら、彼らはまだ気づかない。目の前の“人間らしさ”を欠いた存在の異常さに――己の手で、何に触れてしまったのかを。


「……ジェットコースターみたいだな」


 ふと、クロが呟いた。まるで遊園地のアトラクションを思い出すような口ぶりで。空間を切り裂くような加速の中、クロは掴まれたまま微動だにせず、マスクの下で――ほんの少しだけ、口角を上げていた。


 やがて、戦艦の帰還デッキを抜け、そのまま艦内の整備デッキへと運ばれていく。クロの身体を掴んだまま運搬する軍用アームは、衝撃を抑えるでもなく、あたかも資材の一部でも扱うかのような乱雑さで機械音を響かせる。そんなクロの姿に、周囲の革命軍兵士たちはそれぞれの反応を見せていた。


 ニヤリと下卑た笑みを浮かべる男。まるで新しい玩具でも見つけたかのように、喉を鳴らす女。中には、声を出さずに笑みを浮かべながらも、どこか愉悦に近い色を目に宿す者すらいる。その空気には、“戦争”でも“理想”でもない、ただの欲望と腐敗が渦巻いていた。


(……ここには、“革命”をなそうとする者はいないのか?)


 掴まれたまま視線だけを巡らせ、クロは無言でそう思う。彼らの目に映っているのは、“戦利品”か、“見世物”か――いずれにせよ、“人”としてではなかった。そのまま視線を前方へ向けると、ひときわ異様な存在が目に入る。


 艶やかな装飾を施された派手な軍服。肩章には金糸が縫い付けられているが、縫い目は不自然に歪み、権威を演出しようとした努力が痛々しいほど露骨だった。両腕には艶やかなドレスの女を絡ませ、顎の三つ編み髭を誇示するように揺らしている。それが“威厳”ではなく、“自己陶酔”の象徴にしか見えなかった。


「ようこそ――革命義勇軍ビアードブレイドへ、クロ君」


 男は腕を大きく広げ、豪快に名乗りを上げる。


「俺がここの代表、ビアード・ブレイドだ。一人残った君のような勇敢な者には、敬意を持って“直々のお出迎え”と洒落込ませてもらった」


 芝居がかった口調で、堂々と胸を張る。だが、その裏にある本心は見えない。周囲の兵士たちもそれに呼応するように、威嚇するかのような咆哮を一斉に上げた。手を叩き、拳を振り上げ、叫びを重ねる――それはまるで、歓迎という名を借りた“威圧の儀式”のようだった。


 クロは、掴まれたままその光景を黙って見つめていた。だが、目も逸らさなければ、怯む様子もない。反応一つ返さないその態度に、ビアードがほんのわずか眉をひそめた。だが、すぐに気を取り直したように振り上げていた両手をゆっくりと下げる。その瞬間――まるでコントの一幕のように、騒ぎはピタリと止んだ。笑い声が凍りつき、空気ごと時間が止まったような静寂が訪れる。完全な沈黙――あれだけ騒いでいた兵士たちが、誰一人として息を漏らさないほどの静けさ。それが指示に従ったものか、空気を読んだ結果かは分からない。


 だが――


「ふふふふっ……」


 思わず、クロのマスクの奥から笑いが漏れた。抑えたような、しかし確かな嘲笑の響き。その声に、ビアードはわずかに表情を曇らせる。そして、クロを真っ直ぐに睨んだ。不快と興味――その狭間で揺れる瞳。

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