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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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監視の宙域

 ファステップが滑るように進み、大気圏突入の予測ラインへと近づいていく。その時だった。艦の感知系が、距離を保ちながら並走する影を捉え始める。遠く、黒い宙に点在するいくつかの灯――まるで“監視”を目的とするかのように、戦艦が一隻、また一隻と現れていった。


「クロねぇ、革命派の戦艦が背後にいるっすけど……どうするっす?」


 前方を注視していたエルデが、不安を含んだ声で問いかける。コンソールに映る宙域のマップには、急速に増えていく戦艦シルエットが赤く点滅していた。クロは目を細め、やや首を傾けたままモニターを眺める。その眼差しは冷静だが、どこか底に薄い警戒の色を宿している。


「今のところ、動きは監視にとどまってる……前に、あの海賊もどきから恐怖が伝わったから、警戒されてるのかもしれませんね」


 淡々とした声でそう言いながらも、五隻目の艦影が現れた瞬間、空気がわずかに張り詰めた。


「クロねぇ。これ、ファステップだけっすから攻撃されるんじゃ?」


 エルデがモニターから目を離さず、不安そうにぽつりと呟いた。その声は明るさを装っていたが、握る操縦桿にはわずかに緊張が走っている。背後に浮かぶ戦艦の数はすでに五隻。それぞれの砲門がこちらに向けられているわけではないが、意図を測りかねる間合いに、警戒が色濃く漂っていた。


 クロは数秒だけ沈黙し、視線をそっと後方のセンサー表示へと移す。その瞳に浮かんでいたのは――戦術ではなく、“守るべき存在”の所在だった。


「……」


 静かに呼吸を整えると、クロはジャケットの前を開き、内側に身を潜めていたクレアをそっと手に取った。


「クロ様、どうされるんです?」


 エルデのヘルメットの上に乗せられながら、クレアが不思議そうに問いかける。だがその声の裏には、何かを予期するような緊張も含まれている。クロは小さく、だが確かに笑みを浮かべた。それは冷たさを伴わない、穏やかな決意の色を帯びた笑みだった。


「警告しておくのと、万が一の時に動けるようにしておきます」


 その言葉に、クレアは黙って頷く。クロはジャケットの襟元に手を伸ばし、首元に馴染むように収まっていたマスクユニットへとそっと指を添えた。それをわずかに持ち上げ、静かに口元へと近づけていく。


 その瞬間――センサーが距離を感知し、空気を揺らすような微細な駆動音が走った。折りたたまれていたマスクが滑らかに展開し、鼻から顎までを柔らかく包み込むように覆う。続いてクロがフードをかぶると、内側から半透明のスクリーンがふわりと広がり、顔全体をやわらかな光で包み込んでいった。ジャケット・トップス・ボトムスの各接合部が、ナノマグシールによって無音のまま自動連結される。わずかに布地が収束し、クロの姿は完全な密閉構造へと変化していく。


 その一部始終を見上げていたクレアは、エルデのヘルメットの上で瞳を輝かせ、小さく呟いた。


「カッコいいです、クロ様……!」


 その声には、素直な憧れと誇らしさが滲んでいた。


「ありがとう、クレア。……エルデ、安心してそのまま進んでください」


「頼むっす、クロねぇ!」


 エルデは振り返らずに答えたが、その声はすでに明るさを取り戻していた。クロの行動ひとつで、不安が霧のように晴れていく。――クロが動いた。ならばもう大丈夫。そんな確信めいた安心が、彼女の中に静かに根を張ったのだ。


 その様子を見届けたクロは、わずかに浮かんだ笑みを引き締めると、腰のホルダーへと手を伸ばす。取り出したのは、金属光沢を帯びた端末。その鏡面のような表面が、コックピットの照明を受けて鋭く煌めいた。指先で画面をなぞり、チャンネルを切り替える。オープンチャンネルに接続された瞬間、クロは小さく息を整え、口を開いた。


「こちらは、ハンターギルド所属のクロ・レッドラインです」


 落ち着いたその一言は、静かに宇宙へと放たれ、宙域に響き渡る。短く、静かに。だが、確かな芯を持ったその声は、距離を超えて明確な意思を刻みつけた。


「後方の戦艦各艦へ通達します。当方は現在、UPOからの正式依頼に基づき、内戦の調査中です。こちらには、国際渡航自由権が認められています。当方は戦闘行動を意図しておらず、対象勢力との交戦を目的とした活動は行っていません。――従って、これ以上の干渉は無用です。邪魔をしないでください」


 その最後の一文は、丁寧な言葉選びでありながら、まるで刃を突きつけるような緊張感を孕んでいた。それは“通達”という形式に包まれた、抑制された威圧。もし一線を越えるなら、こちらも容赦はしない――そう語る明確なラインの提示だった。クロは言い終えると、静かに端末へ視線を落とす。その表情に、焦りも苛立ちもない。ただ、すべてを見通したような静謐な眼差しで、淡々と事を運ぶ者の凛とした強さが宿っていた。

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