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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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深淵の工作室

少しお知らせです。

ドラクエⅠ&Ⅱをプレイしたいので、12日までお休みをいただきます。


その間にしっかりと魔王を倒して、世界を平和にしてまいりますので、

申し訳ありませんが、しばらくお待ちいただければ幸いです。


戻りましたら、またクロたちの物語をお届けいたします。

 夜。艦内の照明が順に落とされ、食堂には穏やかな暗がりが降りていた。夕食の余韻の中、タンドールが皿を片づけながら小さくぼやく。


「……本当にシゲルさんが怒らなくてよかった」


 その声音には疲労よりも、どこか愛着に似た諦めが滲んでいた。クロは苦笑しつつそれを聞き流し、最後に一言だけ柔らかく告げる。


「では、本日はここまでにしましょう」


 皆がそれぞれ立ち上がり、静かに散っていく。ポンセはそのまま夜勤に入り、ブリッジでの仮眠を選ぶ。エルデとアレクたちは軽く会釈を交わしながら自室へ戻っていき、やがて艦内は一日の終わりを迎えた。クレアもまだ少し気まずそうにクロを一瞥し、申し訳なさそうな様子で足早にクロの自室へと消えていった。


 クロだけがリビングに残り、古びた端末を手に取る。金属の表面に残る微かな傷跡が、艦内灯の光を淡く反射する。ふと、アンジュの言葉が脳裏に浮かぶ――“洗ってはあるけれど、匂いが少し残ってまして”。くすりと笑みを零し、クロは小さく呟いた。


「クレアがついて来ないほど匂うのは、すごいですね」


 そのまま立ち上がると、静かに転移の構えを取る。無音の光が足元に広がり、身体が空間に溶けていく。


 ――そして、目を開けると、そこは宇宙だった。


 星々が無数に散りばめられた漆黒の世界。クロの視線の先、闇の中に巨大な影が浮かんでいる。それはまるで惑星そのもののような質量を持つ――基地型ゴーレム、レッドライン。そのゴツゴツした表面は星の光を淡く映し返し、深い静寂の中に沈んでいた。まるで宇宙そのものが息を潜め、この巨構を見上げているかのようだった。クロはゆっくりと近づき、無言のままその巨体を見上げた。無音の宇宙に、微かな電磁の唸りだけが響く。


 別空間から古い端末を取り出すと、彼女はそれを両手で包み、静かに見つめる。唇に淡い笑みが浮かんだ。


「さて、試してみましょうか」


 次の瞬間、クロの手元に淡い紅の光が集う。血石と、血の入った小さな壺。液体の表面が重力のない空間に浮かび、ゆらゆらと光を帯びながら揺らめく。クロはその血を端末の中央へと垂らす。一滴、また一滴。血が金属を伝って滑り落ち、微かな光の筋を残して吸い込まれていく。そのまま血石を指先に挟み、まるで儀式のようにレッドラインの装甲へと押し当てた。


「これで学べますかね」


 その声は穏やかだが、目に宿る光は深い圧を孕んでいた。バハムートとしての存在が、静かに空間へと滲み出す。レッドラインの巨体がびくりと反応し、表面に波紋のような光が走った。そして、淡く輝く文字が表面に浮かび上がる。


『頑張ります。ですが効率化の為、もう少し血石を頂きたいです』


 クロは軽く瞬きをし、ため息を混ぜたような笑みを浮かべる。


「まあ、専門知識の山ですからね……仕方ないです」


 別空間に手を伸ばし、血石を次々と取り出す。紅い宝石のようなそれらが十個ほど宙に浮かび、深い紅光を帯びながら、ゆっくりとレッドラインの中へと吸い込まれていく。そのたびにゴーレムの表面がわずかに発光し、内部の血石が新たな血石と共鳴し、淡い紅光を放ちながら静かに波紋を広げていく。


「これでいいですか?」


 クロが問いかけると、表面の光がひときわ強く輝き、再び文字が現れた。


『はい。努力します』


 その素直な返答に、クロはくすりと笑う。その笑みにはどこか、人の親が子を見守るような温かさがあった。


「まったく……誰に似たんだか。レッド君は素直なのに」


 短い間を置き、今度はゆっくりと浮かび上がる新たな文字。


『バハムート様です。我らはバハムート様の血から作られてますので』


 クロの瞳が一瞬だけ細くなる。宇宙の闇の中、微笑がわずかに歪んだ。


「そう言われると、何も返せませんね……頑張ってください」


『承知いたしました』


 その言葉を最後に、レッドラインの表面は再び静寂に包まれた。光がゆっくりと収束し、やがて宇宙には、無音の闇と星々の瞬きだけが残る。クロは小さく息を吐き、静かに後ずさった。その瞳に映るレッドラインは、広大な宇宙の中でひっそりと眠る拠点――それでも、どこか幼い子を見守るような温かさがそこにあった。クロはその静かな光景をひとしきり眺め、口元に微かな笑みを浮かべる。


「さて、作業場に行きますか」


 軽く言い残し、彼女の周囲の空間が淡く光に満たされた。次の瞬間、クロの姿は宇宙から消え、転移の光が尾を引くように散っていく。


 ――そして現れたのは、ランドセル内部に広がるアヤコのこだわり一杯の作業場だった。外界の無音の宇宙とは対照的に、そこはわずかな温もりを感じさせる閉ざされた空間。高い天井の下、壁際にはツールラックが規則正しく並び、作業アームや格納式ロボットユニットが整然と配置されている。


 クロは中央の作業台に歩み寄り、静かに口を開いた。


「明かり、オン」


 その言葉に応じて、室内の照明が一つ、また一つと灯っていく。淡い光が金属面を滑り、やがて作業場全体を包み込んだ。光の反射が彼女の頬をかすめ、クロの瞳の奥に小さな炎が宿る。


「……さて」


 別空間に手を差し入れ、鎧一式を引き出す。その瞬間、空気が微かに震えた。クロの前に現れたのは、どこか神々しさすら漂う装備一式――かつて“いずれ来る勇者”のために用意され、ダンジョンの宝箱に封じられていた、バハムート特製の鎧だった。重厚な金属音を立てながら机の上に並ぶそれらを前に、クロはわずかに口角を上げる。


「……懐かしいですね。まさか自分で手を入れ直す日が来るとは」


 指先が装甲の縁をなぞるたび、淡い光が表面を滑る。硬質な外殻の奥に、古代文字が彫られている。クロは静かに笑い、呟いた。


「明日までに間に合うように作り直しましょうか」


 その声は落ち着いていたが、どこか愉しげでもあった。真夜中の工房に、光がひとつ、またひとつと増えていく。まるで小さな星々が灯るように、赤・青・金の光が作業机を囲み、クロの横顔を照らす。その中で、クロは悪戯めいた笑みを浮かべた。


「これで――色々、出来そうですね」


 手にしたのはフルフェイスの兜。艶やかな黒に紅の筋が走るその表面が、光を受けてわずかに煌めいた。指先で頬のラインをなぞるように撫でながら、クロの瞳が細められる。


「計画開始です」


 その言葉とともに、瞳の奥で紅の光が瞬く。それは理性の光でも、戦略の炎でもない――純粋なロマンの輝き。クロの指先は止まらず、闇の中で次々と新たな構造が生み出されていく。その姿はまるで、創造主が再び夜を灯しているかのようだった。

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