爆音と混沌の武器店で
クロとアヤコは、並んで街の通りを歩いていた。目指すは――武器店『ロック・ボム』。
だが、目的地に向かう道は、想定よりもスムーズにはいかなかった。
「ちょっと、クロ! なんで右行くの!? そっち、さっきも通ったでしょ!」
「いいえ。今度は違う気がします」
クロは真顔でそう言いながら、また別の道へ逸れようとする。そのたびにアヤコが腕を引いて引き戻す。
「気がする、じゃない! もう、ほんとに……」
何度目かの修正の後、ようやく目的の通りにたどり着いた。
「クロってさ、もしかして――方向音痴なんだね?」
アヤコが苦笑混じりに問いかける。
「違います。……コロニーが回っているのが悪いんです」
きっぱりと反論したクロは、納得顔でうなずく。
「その理屈、初めて聞いたよ……!」
呆れながらも笑い声をこぼすアヤコの視線が、その先の建物に向けられる。
そこにあったのは――一見、武器店には見えない外観の店舗だった。
店先には派手なネオン看板。ガラス面に映し出されているのは、何人ものロックミュージシャンの電子ポスター。建物の中からは、地鳴りのようなロックミュージックが響いてきていた。
「……ここ、近所迷惑では?」
クロが素朴な疑問を口にする。
「大丈夫。この周りは全部この店の敷地だから」
そう言いながら、アヤコは先に店のドアを押し開けた。
クロは一歩だけ遅れて、周囲を改めて見渡す。
確かに、店の周囲に住居らしい建物はなかった。あるのは倉庫や配送施設のような構造物、それに厚い外壁で囲まれた謎のエリア。
(……なるほど。騒音に配慮する必要がないというわけか)
クロが周囲を確認している間に、アヤコは店の扉を押し開けて、振り返りながら急かすように呼びかけた。
「クロ、入るよっ!」
その声に応じて、クロは静かに頷く。
「はい」
そして――足を踏み入れた瞬間、クロの目に飛び込んできたのは、想像をはるかに超える“混沌”だった。
照明はやたらと派手に点滅し、天井のスピーカーからは爆音のロックミュージックが鳴り響いている。壁一面には、奇抜な色使いの装飾とグラフィティ。そして、店内を埋め尽くすように並ぶのは――多種多様な武器群。
実用的な銃器や刃物に混じって、どう見てもジョークとしか思えない謎の装備も並んでいた。弾の代わりにゴムボールが装填されているものや、トリガーがハンドル式の意味不明なライフル、さらには吹き矢型のビーム投射装置まで。
クロは思わず立ち止まり、ぽつりと呟いた。
「……これは、お姉ちゃんのお店と同じくらい、わかりません」
率直で、どこか困惑した声音だった。
その言葉にアヤコは思わず笑い出す。
「ちょっと! その比較、おかしくない!? っていうか、うちの店も“理解不能”って言ってるよね、それ!」
アヤコは頬をふくらませてクロを睨むように見上げるが――口元は、笑いを堪えきれていなかった。
クロは一歩も引かず、平然と応じる。
「初めてジャンクショップに行ったときに言いましたよ。お姉ちゃんも、“確かに”と肯定してましたが?」
ぴたりと返されたその一言に、アヤコは一瞬、目をぱちくりとさせ――
「……そ、そういえば、そんなこと……言った、かも……」
声のトーンがだんだん小さくなっていく。耳の先がほんのり赤い。
「お客さーん?」
そのとき、店の奥から女の声が響いた。やや低めで、響きの良い声だった。
「あっ、ウェン! お久しぶり~!」
アヤコが声の主に向かって手を振る。
姿を現したのは、アヤコよりもわずかに背の低い少女だった。金髪の長い髪は高めの位置でひとつにまとめられ、帽子の後ろから綺麗に垂れている。
黒のタンクトップに身を包み、しっかりとした胸元と、無駄のない引き締まったウエストが際立っていた。腰から下はジャンプスーツを半分だけ脱ぎ、袖を腰に巻きつけるようにしている。
服装だけでなく、その立ち姿もどこか奔放で、自信に満ちていた。
クロはその姿を見て、静かに内心で呟いた。
(……ヤンキー、みたいな格好。けど、声は可愛いんだな)
それは嫌悪でも侮蔑でもなく、ただ事実を観察した感想だった。
やがて、少女はカウンターの奥から歩み出てきて、明るく声を上げた。
「アヤコ! 久しぶりじゃん。で――そのちっこいのは?」
目線をクロに向けつつ、興味ありげに片眉を上げる。
アヤコは満面の笑みで、どこか自慢げに胸を張る。
「うちの妹だよ! かわいいでしょ~?」
言いながら、クロの肩を軽く抱き寄せる。
しかし、紹介されたウェンは一瞬固まり――次の瞬間、明らかに「何言ってんのこいつ」と言いたげな表情を浮かべた。
その表情を見て、クロは心の中で淡々と頷く。
(……同感です)
何も言わないが、視線だけが冷静に同意を示していた。