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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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静かなる探索

 ドローンを回収し終え、再びバハムートに意識を戻すと、彼は戦場跡をひとしきり見渡した。焦げた光の粒が、空間の彼方で微かにまたたいている。


「……少し、戦場の跡地に向かってみよう」


 不意に落とされたその言葉に、ヨルハが首をかしげる。


「なぜです?」


 問いかけに対し、バハムートは宙をゆっくりと見渡しながら、答えた。


「……居ないとは思うが、生き残りがいれば助けてみる。今回の件で、黄金の聖神に見切りをつけているかもしれないしな」


 その口調は静かで、まるで確率の低い探索に淡々と赴くようだった。だが、その裏には、ごく微かな希望が確かに存在していた。


 ――仲間を見捨てられ、艦を撃たれ、絶望の中に取り残された者たち。そんな彼らが、もしも生き延びていたとしたら。その口から何かが語られるかもしれない。黄金の聖神の内情。指揮官の真意。あるいは……この先を決めるための、断片的な何か。


 見限られた者たちの中に、背を向けた者がいるかもしれない。――情報を得られる可能性があるのなら、そのわずかな一縷すら、彼は見逃さなかった。


 バハムートとヨルハは、共に透明化を解いた。胡坐をかいたまま浮いていたその姿勢をゆっくりと解き、無重力空間の中で静かに身体の向きを変える。


 彼らの前に広がるのは、戦いの爪痕――撃ち抜かれた戦艦の残骸が無数に浮かび、冷たく無機質な光の中でゆらゆらと漂っていた。


 歪んだ装甲。引き裂かれた艦体。砕けた骨格のように折れ曲がったフレーム。焼け焦げた機体の断片が、破片となって無音の海に散っている。


 まるで、宇宙に刻まれた墓標の群れ。そこに音はなく、あるのはただ、沈黙だけだった。


「……うむ。凄惨だな」


 バハムートが静かに呟く。その声もまた、空間に溶けるように消えていった。


「……ますます許せません!」


 ヨルハが唸るように言い放つ。怒りと悔しさがその声に滲み、前足は小刻みに震え、尾も感情のままに左右へと激しく揺れていた。その仕草は、ただ言葉では表現しきれない感情の奔流を、全身で訴えかけていた。


 そんな彼を、バハムートは片目でちらりと見やり、柔らかく息を吐く。


「……手分けして探してみよう。居ればいいがな」


「……わかりました」


 ヨルハは短く、しかし力強く返すと、バハムートの肩からふわりと跳び降りた。その小さな身体が、無音の宙をすべるように駆けていく。機体の残骸の間を縫い、金属片の影をすり抜けながら、まるで流星の欠片のように宙域を走る。


 バハムートもまた、ゆっくりと動き出す。その巨体は静かに滑り、破片の漂う宙をかき分けるように進んでいった。焦げ付いた艦体の一部を軽く押しのけるたびに、粉塵が光を受けてゆるやかに散っていく。


 折れた砲身、砕けた装甲板、無数の弾痕。漂う金属片に絡みついた布片は、誰かの制服の名残だった。それらはすべて、ほんの少し前まで命が息づいていた証――いまはただ、冷たい宇宙に打ち捨てられた遺構へと変わっていた。


 焼け焦げた装甲。砕けたキャノピー。わずかに残る熱反応は、時間の経過と共に消えていく。だが――そこに、生の気配はなかった。


 あるのは、ひたすらに静かなる死。無言の宇宙に漂うそれぞれの破片が、名も知らぬ者たちの最期を語っていた。


 宇宙は、今日もまた冷ややかに、そして容赦なく、その死を受け入れていた。


「……おらずか……戦艦も、まるごと消し飛ばされてたしな……」


 探査を終えたバハムートが、低く呟く。その声には、疲労と諦念、そしてわずかな痛みが混ざっていた。息のような声が、無音の宙でゆっくりと溶けていく。


「まったく……自分に酔ったやつってのは厄介だな。迷いもせず、味方を攻撃し、消し去るとは……」


 その呟きに、少し離れた宙域からヨルハの声が返る。


「……バハムート様は、人のこと言えないと思われますが?」


 振り向くと、ヨルハの小さな影が近づいてきていた。その声には皮肉が混じっていたが、完全な冗談ではない――どこか本気の響きがある。


「戦闘前にも言いましたが……バハムート様もちょくちょく、戦いに酔ってますよ?」


「だから、“ロマン”だって……」


 軽く肩をすくめて返すバハムート。その声音には、わずかに苦笑が滲んでいた。しかしすぐに表情を引き締め、真っ直ぐに問いかける。


「――で、居たか?」


 その一言に、ヨルハは無言で背を向けた。彼の動きに呼応するように、光の粒が静かに舞う。やがてバハムートの視界に映ったのは――ヨルハの小さな背に乗せられた、数人の人影だった。


 黄金の輪と翼が交差した紋章の刻まれた、金色の宇宙服。彼らの身体はぐったりと垂れ、ヘルメットの内側には、血の滲んだものや、ヒビの入った白化面が見受けられた。


 ――だが、その中の一人だけが違っていた。まとめていたはずの長髪がヘルメットの内側で絡まり、顔こそ見えなかったが――そのヘルメットと胸部が、かすかに上下していた。


 かすかな呼吸。生の痕跡。


 他の者たちは、もはや微動だにしない。まるで時が止まったかのように、何一つ動く気配がなかった。


「……一応、生きてはいます。初めは全員、生きていたんですが……この背に乗せて運んでいる最中に、他の方々は……亡くなりました」


 ヨルハの声は小さく、そして静かだった。怒りではなく、哀しみと疲労を含んだ声音。


 バハムートは短く目を閉じ、一拍置いて問いかける。


「……そうか。どこで見つけた?」


「恐らく、脱出ポットだと思うんですが……半分以上、溶けていました。その横に、この人たちは漂っていました」


 ヨルハの言葉に、バハムートはしばし無言で考え込む。無残に溶け落ちたポットの残骸が、脳裏に浮かぶ。――それは、逃れようとした者たちの最期を、あまりにも雄弁に物語っていた。


 死に抗い、なお生を掴もうとした者の意志。その果てにある、静かで重い現実。


 バハムートは、ゆっくりと息を吐いた。


「……よく見つけたな、ヨルハ」


 その言葉には、静かな称賛と同時に、どこか祈りにも似た響きが込められていた。

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