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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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火が咲く宙域

 ――暫く後。


 バハムートが黄金の艦隊の後方を一定距離で追っていると、肩の上から小さな声がかかった。


「バハムート様、前方にマルティラ軍と思しき戦艦が多数ある様に見えます」


「ああ、見えてきたな。見やすい場所に移動しよう」


 バハムートは静かに応じ、翼を広げる。その動きと同時に、微量子推進の光が流れ、周囲の星光がゆらめいたように見えた。重力のない空間をすべるように進み、宙域を一望できる位置へと浮上する。


 そこには、戦艦群が整然と並ぶ光景が広がっていた。暗緑色の艦列が星々の海に浮かび、機体表面の信号灯が規則的に点滅している。遠くで金属音のような共鳴が響き、無線波が空間をかすめていった。


「バハムート様、マルティラ軍は全て軍用艦ですね。フォトン社製と……ディング社製と出てます」


「ディング社ね……聞いたことはないが、後で調べよう」


 そう呟くと、バハムートは一度意識を切り替える。意識の核が彼の内で光を放ち、同時にクロの姿へと移動する。


 疑似コックピットのガラスのようなハッチが静かに展開し、クロは素早く端末に手を伸ばした。腰のホルダーから端末を引き抜き、裏側に格納された二機のドローンユニットを起動する。機体は無音のまま滑るように射出され、淡い光の尾を残して周囲へと散開した。


 一機はバハムートの周囲を旋回しながら、光学・赤外・波長データを多層的に記録していく。もう一機はやや離れた位置で静止し、戦場全体を俯瞰できる角度を確保して録画を開始した。


 クロは端末を覗き込み、モニターに映るデータや録画状態を確認すると小さく頷いた。


「よし……録画とデータ、どちらも取れてる」


 再び疑似コックピットを閉じ、意識をバハムートへと戻す。彼の視界が再び広がり、戦場の光が瞳に映る。


「マルティラ軍は31隻に対し、黄金の聖神は五隻。見る限りはマルティラ軍が優勢にしか見えないが……」


 バハムートは静かに腕を組み、あぐらをかくように姿勢を整える。その口調には緊張感よりも、むしろ観察者の余裕が漂っていた。姿は見えないはずなのに、どこかその表情まで浮かんでくるような声色だった。


「バハムート様なら、これでも余裕ですね。もちろん私もです」


 ヨルハは誇らしげに胸を張る。


 その自信満々な様子に、バハムートは苦笑する。


「当たり前だ。が、黄金の聖神は少数精鋭。どんなものが出てくるか……始まるな」


 次の瞬間、宙域に緊張が走った。まるで宇宙そのものが呼吸を止めたかのように、空気が凍りつく。


 そして――


 ルミナス・イーグルから光が放たれた。最初の閃光は一本の槍のように空を貫き、続く無数の光条が星海を切り裂いた。無音の爆発が連鎖し、マルティラ軍の艦列の一角が白く包まれる。


 その直後、反撃の砲火が走る。ビームと実弾の光が交錯し、虚空に複雑な軌跡を描いていく。


 バハムートの眼下には、瞬く間に閃光と爆炎の光が咲いた。衝突の光が次々と広がり、戦場全体が白と赤の線で覆われていく。爆発の衝撃波が観測波として伝わり、透明化した体表に微かな震動が走った。


 やがて、各陣営の戦艦から戦闘機や機動兵器が次々と発艦する。その光景はまるで群れをなす星の群舞。金色の艦から放たれる戦闘機は、まるで光そのものの化身のように軌跡を残して飛び立っていった。


 そして――バハムートの視線が止まる。ルミナス・イーグルの艦底から、他のどの機体よりも大型の機影が現れた。


 その姿は、ひと目で指揮官機だと分かる。外殻は金に輝き、両肩には翼と輪が交差する意匠が刻まれている。その光は、まるで信仰そのものを具現化したかのような強さだった。


「……マジか。機体まで金ぴかとか、本気か?」


 呆れ混じりにバハムートが呟く。ヨルハがデータを追いながら応じた。


「第六席――本名は不明ですが、セフィレイム。このルミナス・イーグルのリーダーです」


 全身が純金のように輝き、装甲一枚一枚が星々の光を反射して、まるで宙に瞬く光を纏っているかのようだった。その形状は人型――だが、単なる人型兵器ではない。


 胸部から肩にかけて分厚い装甲が幾重にも重なり、推進器やセンサー群が彫刻のように組み込まれている。背部には双翼のようなスラスターが展開し、そこから放たれる光粒が、まるで後光のように尾を引いていた。


 右腕に構えた重厚なビームランチャーらしき銃口には淡い光が宿り、内部でエネルギーが脈動するたびに、砲身全体が低く唸りを上げる。左腕には実体シールドとビームシールドを組み合わせた複合防御装備を装着し、その内側にはミサイルランチャーとビームガンらしき影が覗いていた。


 両肩には追加装甲と姿勢制御用のスラスター、脚部には追加ブースターが密集しており、見た目だけで言えば一体で小型の戦艦と同等に見える。そして――左肩には、黄金の輪と翼が交差する紋章が刻まれていた。


 それはまるで“神”を模した偶像。美しく、そして異様。戦場においてはあまりにも眩しすぎるその姿が、逆に不気味な静けさを放っていた。


 そして――セフィレイムが動いた。


 戦場の空気が一瞬で変わる。無音の宇宙に、光だけが咆哮を上げた。


 右腕のビームランチャーがわずかに角度を変えた瞬間、砲口が白熱する。次の瞬間、黄金の閃光が奔り、空間そのものを震わせるような密度で直線を描いた。光が走るたびに、戦場全体が閃光に包まれ、視界が焼き尽くされる。


 爆光が拡散する。それはまるで金色の花弁が宇宙に咲くかのように、ゆるやかに広がっては消えていく。しかしその美しさの裏で、一隻の戦艦が沈黙のまま弾け飛び、内部構造ごと光に飲み込まれた。


 続けざまに、さらに数条のビームが閃く。圧縮光が次々と放たれ、マルティラ軍の前衛艦が連鎖的に爆ぜていく。黒い宇宙に咲く黄金の閃光――それは破壊の花園だった。


 だが、マルティラ軍も沈黙はしなかった。反撃の閃光が幾筋も走り、黄金の外殻をかすめて虚空に散る。


 ヨルハは光の洪水を目で追いながら、細めた瞳で小さく息を漏らす。


「……まるでバハムート様のように、楽しんでるように見えますね」


 バハムートはしばし無言で戦場を見つめた。黄金の機体が放つ光の舞は、どこか狂気と美の境界にあった。そしてようやく、彼はわずかに眉を動かして答える。


「……あそこまで派手か?」


 ヨルハが肩の上で口元をわずかに吊り上げる。


「見得は気にされてますよね?」


 その軽いカウンターに、バハムートは一拍だけ間を置いてから短く言った。


「ロマンと言ってほしいな」


 静かな声だった。だが、その響きには、かつて戦場を支配した者の確信めいた余韻があった。


 眼下では、黄金のセフィレイムが駆る機体がなおも前進を続け、爆光の余韻を背に――まるで“光の巡礼”の先頭をゆく聖騎士のように進む。その軌跡は、戦場そのものを神聖にも、そして恐ろしくも染め上げていった。

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