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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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黄金艦の背と、燃え残る火種

 その背後には、まるで金色の旗艦を引き立てるように、複数の艦影が静かに浮かび上がっていた。艦の種類はそれぞれ異なり、装甲の形状や推進口の数もまばらだ。おそらく戦闘旗艦の護衛艦なのだろうが――あまりにも数が少ない。


 まるで“旗艦の引き立て役”であり、“守られる必要などない”とでも言いたげだった。その整然とした陣形からは、誇示にも似た威圧感が漂っている。


 ヨルハは、ふとクレアの視線に意識を移し、そのときの彼女のように慎重にデータを追い始めた。肩の上で姿勢を整え、ゴーグルに表示される数値を確認しながら、淡々と報告を続ける。


「データでは第六席の旗艦、ルミナス・イーグルと書かれています。軍用ではなく、共通フレームに各メーカーの組み合わせで建設された戦艦ですね。後ろの戦艦も同じような共通フレームの組み合わせの戦艦です」


 ゴーグル越しに投影されたデータには、構造フレームの断面がホログラムで表示されている。それは、標準型の主軸を中心に、複数企業の部材を継ぎ合わせて形成された構造だった。整然とした見た目の裏で、各パーツの材質や出力値にばらつきがあり、統一性に欠ける。


「元は革命派から分離した組織だからか、軍用ではない?」


 バハムートは思索を巡らせるように低く呟いた。その声は、感情というよりも観察に近い響きを帯びている。


 彼の視線の先では、金色の外殻が星光を反射し、まるで舞台照明の中に浮かぶ彫像のように輝いていた。戦場というより、儀式にふさわしい艦――それが最初の印象だった。


 ヨルハはデータをめくりながら続ける。


「書かれてませんね。ただ、黄金の聖神の戦艦は、ああするのが当たり前なのでは?」


 報告の調子は落ち着いていたが、その言葉には僅かな違和感が滲んでいた。彼女の“クレアらしい”分析癖――ただの観測ではなく、そこに“人の意図”を読み取ろうとする姿勢が表れていた。


 バハムートはわずかに目を細め、冷静な視線を黄金艦に向けた。


「いい的だが……何か特殊なコーティングでもしてるのか……それとも……」


 呟きとともに、反射率データがゴーグルに映し出される。数値は異常に高く、通常の装甲材ではあり得ないほど整った反射波を示していた。金属ではなく、光そのものを操っているような――そんな異質な輝き。


 ヨルハはしばらく解析を続けたあと、静かに言葉を漏らした。


「バハムート様、どういたします? 今ならハッチが開いてますので潜入できますが」


「いや、あいつらを追う。出てきた理由を知りたい」


 そう言うと、姿を消したまま戦隊を組むルミナス・イーグルの背後を追うことを選んだ。ハッチの光が遠ざかる。金色の旗艦は悠然と進み、護衛の艦列を伴っていく。バハムートはその背を静かに追った。


「ヨルハ、この先は?」


「ガーベラで確認した、マルティラ軍が集合予定のポイントです」


 ゴーグル越しに表示される座標を確認しながら、ヨルハは淡々と答える。画面の文字列が小刻みに流れ、周囲のデブリや小惑星の軌道と重なっていく。


「集まる前に叩くつもりか、それともすでに集まっている奴を一網打尽にするつもりか……」


 バハムートは追走しながら考える。もし旗艦が何かを吸引し、ここを拠点に動き出すつもりなら、その理由を突き止めねばならない。だが、介入の代償も計算に入れなければならない。


「私たちはどうします?」


 ヨルハがやや好戦的に問う。肩の上で小さな身を乗り出すその様子には、見えない尻尾がぶんぶんと振られているかのような弾んだ気配があった。戦えることが楽しくて仕方ないという空気が、ふと漏れる。


 バハムートは静かに首を振る。


「今回は、よほどのことがない限りは手を出さん」


 その一語に、肩の上の気配がほんの少ししぼむ。ふと見えない尾がだらりと垂れたような、そんな緩んだ気配が伝わる。


「ヨルハ、今回の目的はあくまでも黄金の聖神の力を見ることだ。それに、一番優先すべき依頼はUPOからの“長期化している内戦の調査”だ」


 バハムートは視界の端で揺れる護衛艦の列を眺めながら続ける。戦力を振るうことは容易い。だが、容易さと正しさは別物だ。


 ヨルハは少し食い下がるように言った。


「火種を摘み取る依頼もあります。これは火種では?」


「すでに火種はくべられている。いまこの小さな火を消しても、大本を摘み取らないと新たな火がすぐに付く。今回は我慢だ」


 言葉の端に含まれる冷静さは、単なる理屈ではない。幾度となく見てきた“場の帰結”への理解が、そう言わせているのだ。


 ヨルハはため息を吐いた。その吐息は、無重力の宇宙に音もなく散り、微かな電磁の揺らぎとなって消えていく。


「バハムート様が介入すればすぐに終わるのに」


 その声には、少しだけ不満と、どこか子供のような素直さが滲んでいた。小さな眷属としての誇りがあるからこそ、力の象徴たる存在が手を出さないことが、どこかもどかしいのだ。


「確かに」


 バハムートは短く肯き、わずかに笑った。その笑みは皮肉でも諦めでもなく、静かな自覚のようなものだった。続く言葉は、重力のない空間にすら重みを持って沈む。


「それでは力による制圧にしか過ぎない。出来はするが意味がない。火種は残り続け、いずれまた火が付く。もしやるなら、その火種を極端に小さくするしかない。完全に消すことなど不可能だ。一度ついた火種は確実に残る」


 その声はゆっくりと低く、遠くで燃える恒星の光に溶けていった。ヨルハは言葉を失い、肩の上で小さく瞬きをする。バハムートの言葉の一つひとつが、まるで自分の中に落ちていくように感じられた。


 静寂が訪れる。彼の巨大な翼がわずかに動き、星屑を巻き上げる。反射した光が、彼の銀色の鱗に一瞬だけ走り、また闇に消える。


 言い終えると、彼の声は再び淡くなる。目の前の黄金艦の光が、どこか空虚に煌めいて見えた。その金の輝きは、あまりに人工的で、あまりに人の欲を映していた。


 バハムートは尾を一度ゆっくりと振り、艦隊との距離を一定に保ちながら進み続ける。その動きは威厳に満ちていながら、どこか物憂げでもあった。


「火種とは恐ろしいですね」


 ヨルハの声は、先ほどよりもわずかに低く、静かだった。彼女はまだ“戦争”というものを知らない。だが、かつて幾度となく縄張りを争い、生存を懸けた衝突を経験してきた。“終わらない連鎖”という言葉の意味を、理屈ではなく――本能の記憶として理解していた。


「ああ、特に戦争の火種はな」


 バハムートは短く応じた。その声音には、転生前に見た数多の戦争の記録――そして、そこに生きた人々の悲しみと憎悪が、語り継がれた記憶の残響として滲んでいた。恒星の残光が彼の眼に映り、その瞳の奥で淡い光が静かに明滅する。


 静かな宇宙の中、ただ二人の声だけが響いていた。やがてその声も、星の瞬きに飲み込まれるように消え、深い闇の彼方へと溶けていった。

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