買い物と変人疑惑
「こんにちは」
ジャンクショップの扉をくぐりながら、クロが簡潔に挨拶を送る。
その声に反応するように、奥から元気な声が跳ね返ってきた。
「はーい、いらっしゃ……って、あ、クロ! どうしたの、支払い? 支払いでしょ!」
姿を現したアヤコは、笑顔のまま勢いよく端末を取り出し、まるで反射的に金額を確認し始めた。
「いえ、違います」
クロの返答はいつも通り淡々としていた。その一言を聞いたアヤコは、がっくりと肩を落とす。まるで舞台で誇張されたようなオーバーリアクションだった。
「ええー……もう、期待させないでよね! 仕事してきなさい!」
ぷんすかと抗議するように指を差すアヤコに、クロは一拍置いて答える。
「いえ。昨日、大きいのをしてきました。……今日は、グレゴさんから休めと」
「……あ、そっか。そうだったね」
アヤコは目を瞬かせ、すぐに表情を緩めた。
「でもさ、グレゴさんから“休め”って言われるくらいなんだから、よっぽど大きな仕事だったんでしょ? 報酬も……かなり、あるんじゃない?」
アヤコはにやにやと笑いながら身を乗り出す。期待と興味があふれた目で、クロを覗き込んだ。
「今、計算中です。……どうやら他の依頼も含まれる可能性があるとのことです」
クロは変わらぬ調子で、淡々と答える。その冷静さに、アヤコの表情はさらに崩れ、頬が緩みっぱなしになる。
「なるほどね~。思ったよりも、いい稼ぎになりそうじゃん。さっすがクロ!」
からかうように軽口を挟みつつ、再び身を起こすアヤコ。そして、ふと真顔に戻って問いかけた。
「で? 今日は何か買いに来たの? それとも見に来ただけ?」
「ここの商品ではありません。……別の店に、ひとつ付き合っていただきたい場所があります」
ぴしっと正面から告げられ、アヤコは一瞬きょとんとする。だが、すぐに――両腕を組み、ふくれっ面で口を尖らせた。
「ブ~ブ~! せっかく来てくれたのに、うちの商品じゃないの!? もう、よそに浮気するなんて、ひどーい!」
口では文句を言いながらも、楽しげな声色が隠せていなかった。
「いえ。浮気というより……住み分けです」
クロはきっぱりと否定し、視線をアヤコに向けた。
「武器を見に、『ロック・ボム』という店に行きたいのですが……説明を受けたくて。付き添っていただけると助かります」
その返答に、アヤコは盛大にため息をつく。
「も〜う、冗談の通じない妹だねぇ」
肩をすくめて苦笑するその様子に、背後から低く渋い声が割って入った。
「お前がはしゃぎすぎだ、アヤコ」
ジャンクパーツの棚の向こうから、シゲルが姿を現す。
「だってさー、支払いもしないのに買い物に行くんだよ? うちの店には何も払わずにって、ズルくない?」
頬をぷくっと膨らませながら、アヤコは大げさに抗議する。まるで駄々をこねる妹のような調子だった。
そんな彼女に、シゲルは肩をすくめて呆れたように笑った。
「……まだ早ぇって。どうせこれから毎日顔合わせるんだ。請求なんざ、いつだってできる」
そして、ふと声を落としてニヤリと口角を上げる。
「上手くお願いすれば、材料費くらい出してくれるかもしれねぇしな。……それにな、家族だ。家で一番の稼ぎ頭、大黒柱になるんだ。ちょっとくらい待っても、バチは当たらねぇだろ?」
その一言で、アヤコの顔がぱっと輝いた。
「じいちゃん、さっすが! ……あくどい!」
親指を立て、満面の笑みで茶化すアヤコに、クロはじっと首を傾げる。
「……娘と妹にたかるんですか? 年上ですよね?」
静かな語調のまま、視線だけでじっとりとシゲルを見上げる。
しかし――
「ははっ。それを言うなら、クロ。お前がこの世で一番の年長者だろうが?」
シゲルは即座に切り返す。どこか楽しそうに笑いながら続けた。
「養われるのは、こっちの方って話になるんじゃねぇか?」
その言葉に、アヤコが吹き出す。
「それもそうだね。じゃあクロ、よろしくね!」
無邪気にそう言いながら手を振るアヤコに、クロはしばし視線を落とし――
「……考えておきます」
ごく淡々と返した。
その返事に、シゲルは喉の奥で笑いを漏らしながら、アヤコの背を軽く押す。
「冗談はこの辺にして、行ってこいアヤコ。クロ一人じゃ、さすがにあの店は何が何だかわからんだろうし……たまには、お前も友達の顔でも見てこい」
「うん、そうする。ちょうど良いし、ウェンにクロを紹介しておこうかな」
「……ウェン?」
クロが小さく聞き返す。
「そう。私と同じ、学校行ってない組の一人でね。……どんな子かは、会ってからのお楽しみ♪」
いたずらっぽくウインクを添えて笑うアヤコに、クロは静かに一言。
「……そうですか。変人ですか」
ごく真面目な声で、クロが淡々とそう呟いた。
その一言に、アヤコは一瞬きょとんとした顔をして――すぐに頬をぷくりと膨らませる。
「ち、ちがうしっ! ……変人じゃないしっ!」
ぷいとそっぽを向きながらも、耳がわずかに赤く染まっていた。
その様子を見たシゲルは、たまらず噴き出す。
「がははっ……! まったく、遠慮も容赦もないな、クロは……!」
腹を押さえながら、声を上げて笑い出す。
店内に、軽やかな空気が広がっていた。




