宇宙スロットの終幕
そんな空気の中、ヨルハが再びゴーレムの前へと進み出る。迷いのない動きでボタンを押すと、三桁目のリールが回転音を立てて勢いよく動き――やがて、「4」の数字でぴたりと停止した。
『4です。この時点で、確実にバハムート様が最下位です』
ヨルハが勝ち誇ったように断言し、前足の爪で数字を指すようにしてゴーレムを注視する。その横顔には、さりげない笑みが浮かんでいた。
『惜しいっすねー。9なら、当たりっす』
エルデが気楽に笑いながら言うが、ヨルハは冷静に指摘する。
『いえ、これは数を競う競技ですよ。当たりとか、そういうゲームではありません。……さあ、最後のボタンを押してください』
『了解っす! 最後の数字、出ろっす!』
エルデが勢いよく叫び、ファステップの機体をやや前のめりに操縦。両腕でボタンを押し込むと、残る一桁――四桁目のリールが唸るように回転を始めた。
だが、その動きはどこか焦らすようなものだった。
止まりかけたかと思えば、再び速度を上げ、また減速し、そしてまた回転を続ける。そのたびにヨルハはわずかに前のめりになり、肩をすくめるようにして「むぅ」と唸る。
一方のエルデは、コックピットシートに座ったまま両足をバタバタと揺らし、興奮を抑えきれない様子だった。両手で頬を押さえながらも、隙間からきらきらした目でリールを見つめている。
まるで二人とも、宇宙を舞台にしたスロットゲームに完全に没頭しているかのようだった。
そして――ついに、最後のリールが減速を始める。
光の筋が残像を描きながら回転し、数字の列がひとつ、またひとつとめくられていく。その動きが徐々に鈍り、最後に静かに止まった数字は――
「1」。
その瞬間、リールには鮮明に「1499」の数字が浮かび上がった。
『1,499個……私ですね!』
ヨルハが満面の笑みで胸を張る。誇らしげな声が、空間に響き渡る。
『違うっすよ! 自分っす! だって開始時間は自分が一番早かったっす!』
すかさずエルデが抗議の声を上げ、ファステップのコックピットから体を乗り出す。
『フフっ、エルデ。妹分は、姉には勝てないんですよ』
得意げに言い放つヨルハの声は、まるで勝利を確信した年長者のそれだった。
だが、その後方――しばらくの間、静かに拗ねていたバハムートが、ぽつりと口を開く。
「俺は負けたが?」
その声は低く、しかししっかりと二人に届いた。
……だがヨルハは気にする素振りも見せず、さらなる追い打ちを放つ。
『バハムート様は、姉というより“主”なので、対象外です』
その言葉はまさに無慈悲。それを聞いたバハムートは、言い返す間もなく再び沈黙し、口をつぐむしかなかった。
そのままヨルハはゴーレムの正面へと向き直り、さらに問いかける。
『ゴーレム! 誰がこの数字なんです? はっきりと、一位を教えてください!』
その横から、エルデも被せるように声を張る。
『自分っすよね!? 絶対っす!』
「俺だろ?」
懲りずに、今度はバハムートまでがさらっと口を挟むが――
エルデの鋭いひと言が、それを容赦なく切り捨てた。
『クロねぇは最下位っす。今は一騎打ちっす!』
その断言に、バハムートは再び心にダメージを負い、何も言えずに虚空を見上げる。
「全く……しかし、なぜこのゴーレムはスロットみたいに……しかも光るし……俺の影響なのか?」
そうぶつぶつと呟きながら、目の前の巨大なゴーレムを見上げる。無機質なはずのその体が、どこか楽しげにきらめくライトに包まれていた。それはまるで、古い娯楽装置――バハムートの記憶の片隅にある“スロット台”を思わせるような眩さだった。
ゆっくりと回転するリールのような光の帯。カラフルに点滅を繰り返すエフェクト。宇宙の静寂の中でそれが一層際立ち、奇妙なほどの懐かしさを胸の奥に呼び覚ます。
「……楽しそうだからいいが……」
そう言いながらも、バハムートの声音にはどこか優しい響きが混じっていた。自分の意思がどこまで影響しているのかは分からない。だが、この無機質な存在が“遊び心”を見せることに、少しばかり温かさを感じていた。
すると、ゴーレムの表面に走っていた光がゆっくりと形を変えていく。スロットのリール表示が次第にフェードアウトし、代わりに滑らかな光の文字が浮かび上がった。
――『ヨルハ』
その名がくっきりと現れた瞬間、ヨルハは目を見開き、勢いよく胸を張る。
『わ、私ですっ!! やりましたっ!!』
歓喜の遠吠えが宇宙に響き渡る。その声は誇らしく、そしてどこか嬉しさが抑えきれないものだった。
一方でエルデは、ああと肩を落とし、コックピットシートに背を預けて深くため息をついた。
『うそっす……! ここまで来て負けたっすか……』
悔しそうに呟く彼女の声に、どこか愛嬌がある。
だが――そのとき、ゴーレムの光が再び変化を始めた。
ヨルハの名前の下に、新たな文字列が浮かび上がる。
――『ではなく』
『……え?』
その一瞬で、ヨルハの遠吠えがピタリと止まる。空間が静まり返り、緊張が走る。
『は……?』
小さく漏れたその声は、さっきまでの自信満々なものとは正反対の、困惑そのものだった。
そして次に現れたのは――『バハムート』の文字。
だが、その直後。またもや光が瞬き、すぐにその名が薄れていく。
続けて浮かび上がったのは、意味深なメッセージだった。
――『はあり得ない、ということは』
「なんか俺にだけ冷たくないか?」
思わず苦笑しながら、バハムートがぼそりと呟く。だが、そんな彼のぼやきをかき消すように、エルデが勢いよく叫ぶ。
『それよりもっす! 二人が違うってことは――つまり、まだ勝負は決まってないっすよ!』
その言葉に、全員の視線が再びゴーレムへと注がれる。次の表示を待つその空気は、まるで宇宙が息を潜めたかのように静まり返っていた。
そして、ついに――光がひときわ強く瞬き、最後の表示が浮かび上がる。
――『やっぱり、ヨルハ。貴方がナンバーワンです』
『そこは自分っすよぉ~~~~~!!』
エルデの絶叫が、艦外の静寂を揺らすように宇宙に響き渡った。
だが、その一言で終わらなかった。
勝利を告げられたはずのヨルハまでもが、声を荒げてゴーレムに抗議の視線を向ける。
『……無駄な遠吠え、返してもらえます? 本当に……!』
その声には、怒りとも困惑ともつかない複雑な感情が滲んでいた。一度は歓喜に沸き、次の瞬間には否定され、そして再び持ち上げられる――その落差に、ヨルハの理性はついに限界を迎えかけていた。
そして、そんな二人の応酬を眺めながら、少し離れた場所でバハムートは静かに頭を抱える。額に手を当てる仕草には、軽い嘆息の色もあったが――
「……まったく……」
マスクに隠れたその口元には、どうしようもなく緩んでしまう笑みが浮かんでいた。
愉快で、騒がしくて、賑やかで。そして――少しだけ、羨ましい。
そんな空気が、宇宙の静けさの中に、あたたかく染み込んでいった。




