宇宙スロット開幕
その余韻の中、ヨルハとエルデは顔を見合わせ、思わず笑い声を漏らす。
『ふふっ……』
『あははははっ! クロねぇ、最高っすよ……!』
笑いながらも、どこか安堵のような、戦いを終えた充実感が二人の中に漂っていた。
そんな中で、バハムートは一人、ゆっくりとゴーレムから離れていく。背を向け、肩を落とし、浮遊しながら項垂れていた。
「まさか……こんな結果になるとはな……」
その背中は、どこか寂しげで、宇宙の広さに溶け込んでいくようだった。
『バハムート様が最下位なのは、もう確定ですね』
ヨルハが勝ち誇るように微笑みながら言い放つ。だが、その口調にはどこか優しさが混じっていた。
『フフッ……最後の“バハムート・タイフーン”は驚きましたが、私は絶対に、それ以上の自信があります』
静かにそう断言するその表情は、凛としていて、どこか誇らしげですらあった。
『自分もっす。クロねぇには悪いっすけど……200個台は自分たちはないっすからね、クレアねぇ! 一騎打ちっすよ!』
ファステップのコックピットで、エルデは胸を張るように言いながら、ヨルハのいる方へと視線を向ける。
ライバル同士の目が、空間の中で交差する。
だが、すぐに二人の視線は一致し、共に上を向いた。
その先には、全てを飲み込んだ巨大なゴーレム――まるで宇宙に根ざす巨神のように、悠然と静止していた。
『ゴーレム。聞きますが――』
ヨルハが静かに問いかけようとした、その時だった。
『待っす、クレアねぇ!』
エルデが慌てて手を振り、ヨルハを制止する。
『どうせなら、もっと面白く聞くっす! こういうのは、盛り上がる方が楽しいっすから!』
満面の笑みを浮かべながら、勢いよくファステップのマイクを開く。
『ゴーレム、一位の発表を――面白く演出してほしいっす!』
その提案に、ヨルハも少し呆れながらも口元に微笑を浮かべる。
『まったく、子どもですね……でも、いいでしょう』
二人の視線が、再びゴーレムに注がれる。
すると、まるでその意思を汲み取ったかのように、ゴーレムの内部に埋め込まれた血石がほのかに赤く脈動を始めた。その光は、血石に刻まれた転生前からの記憶の記録と繋がるように波打ち、全身に微細な振動を走らせていく。
次の瞬間――
ゴーレムの腹部に、突如として金属製のようなレバーと、四桁の数字が並ぶリールがせり上がるようにして出現した。まるでどこかのスロットマシンのような演出に、ヨルハもエルデも思わず目を見開く。
『……なに、これ?』
『スロットっすか!? 宇宙空間でまさかのスロット出現っす!?』
彼女たちの戸惑いをよそに、ゴーレムの体表には「START」の文字がきらきらと浮かび上がり、それを囲むようにしてリール周辺が光を放ち始めた。続けてレバーがカコン、と自然に下がり、演出はそのまま本格的に稼働を始める。
リールは、一桁目から順に高速で回転を続け、数字がめまぐるしく入れ替わっていく。その光景を前に、二人はようやく仕組みを理解した。
『これは……! まずはスコアを出す演出ですね。四桁ってことは……』
『クロねぇの数倍っす! 勝ったっすこれはっ!』
エルデが歓喜の声を上げながら、思わず身を乗り出し、リールに釘付けになる。
『ふふっ、これは確かに面白いですね。緊張感もあって、演出も派手で……』
ヨルハも思わず口元に笑みを浮かべ、競技とは思えないこの遊戯めいた展開を受け入れる。
すると今度は、ゴーレムの正面にある装甲の一部が変形し、まるでショーゲームのような巨大な赤いボタンが生成された。その上には、しっかりと「押セ」という文字が浮かび上がっていた。
『押せ、と言うことですね……では、まず私から』
ヨルハが前に出て、凛とした仕草で大きな前足を持ち上げる。そして、そのまま勢いよく――けれど丁寧に――ボタンの中央を押し込んだ。
その瞬間、リールの一番右側、一桁目の数字がカタカタと音を立てながらゆっくりと減速し――やがて、「9」の文字で静かに止まった。
『次は自分っす!!』
エルデが目を輝かせながら勢いよく叫ぶ。ファステップのコックピット内で彼女は体勢を整えると、操縦桿を持ち、まるでゲームセンターの対戦台に座るかのようなノリで背筋を伸ばす。
そのまま、機体の両腕を使ってゴーレム前面の巨大な赤いボタンを――両手で、勢いよく押し込んだ。
ボタンが押し込まれた瞬間、回り続けていた二桁目のリールが、唸るような音を残しながら徐々に減速していく。数字がめくられる速度が次第に落ちていき――やがて、「9」の数字でぴたりと止まった。
『9っす! おおっ、熱いっす!!』
エルデがファステップの中で思わず立ち上がりそうになるほどの勢いで喜びを爆発させた。リールの「99」という並びが、まさに幸運の兆しのように見えたのだ。
きらきらと輝くリールの数字に、興奮を隠せず身を乗り出すエルデ。その様子を、少し離れた位置から見ていたバハムートは、腕を組んだまま肩を落とし、ぽつりと寂しげに呟いた。
「……最初から、本気でしていればよかった……」
その声は小さく、誰に向けたわけでもなく、ただ宙に溶けるように、ぽつりと零れた。競技というより遊戯に夢中になる二人の背中を見つめながら、バハムートはひとり、静かな疎外感を味わっていた。
それでも、マスクに隠れた口元には――どこかほんの少し、呆れにも似た笑みが浮かんでいた。




