虚空の遊戯
ゲームが始まると、ファステップに乗るエルデは即座に思考を巡らせて動き出した。彼女は小さな隕石が密集しているエリアをいち早く見つけ、機体を飛行モードへと変形させる。
加速噴射が背部から放たれ、ファステップは矢のように宙を駆けた。機動性に優れた軽量ボディが、その隙間を縫うように滑り抜けていく。
狙いの宙域に到達した瞬間、彼女は素早く再変形を指示し、機体を人型へと戻す。そして、腕の手甲部分に装備されているビームセイバーを展開させ、狙いを定めて構えを取った。
エルデの瞳には、すでに“勝者のルート”が描かれていた。
次の瞬間、煌めく光刃が奔り、目の前の隕石を次々と切断していく。
「考えたな。質量とは言ってないからな、数を効率よく稼ぎに来たな」
バハムートが感心したように呟く。
『卑怯では?』
ヨルハが眉をひそめ、不満げに口を挟んだ。
だが、バハムートはあっさりと首を横に振る。
「アリだ。それに俺たちと違い、体を動かして言い訳してるわけじゃない。ちゃんと操縦してるんだ」
『そう言われると……反論できませんね』
ヨルハはそう認めるように言いながらも、どこか釈然としない表情でファステップを見つめ直す。
その視線の先では、エルデが切り刻んだ隕石を次々とゴーレムに向かって投げていた。破片はどれもサイズこそ小さいものの、次々に飛来し、ゴーレムの体内に吸収されていく。
腕のように伸びた部位が器用にキャッチを続け、ゴーレムの外殻はわずかずつだが確実に大きさを増していた。
『これで一位っす!』
そう自信満々に叫ぶと、エルデは残った破片をすべて投げ終え、再びセイバーを展開。隕石の表面を鮮やかに切り裂き、小片をいくつも作り出しては、次々にゴーレムへと投げ込んでいく。
その動きには、戦術というよりも、純粋な“遊び”に夢中になっている子どものような躍動が宿っていた。
そうして三十分が経ったころ、バハムートの低く落ち着いた声が響く。
「ヨルハ、開始だ」
『見ていてください、バハムート様。私の作戦を!』
ヨルハは宣言するやいなや、バハムートの肩から身を躍らせるようにして宇宙へと滑り出した。細身の狼型ボディは空間を切り裂くように駆け、やがて目の前に広がる巨大な隕石の前へとたどり着く。
そこで彼女は、両前足の爪をクロスさせるように広げた。一瞬の静寂ののち、切れ味鋭い動きで一気に隕石の表面を斬り裂き、エルデと同じく細かな破片へと変えていく。
だが、そこで終わらない。ヨルハは隕石を纏めるようにして、宙域に微細な気流――嵐のような気圧差を生み出し、それを一気にゴーレムの方向へ吹き飛ばした。
その瞬間、ゴーレムは反応した。幕のように周囲を広げ、飛来する無数の破片を一つ残らず包み込むようにしてキャッチする。
『クレアねぇ! それはないっす!』
ファステップのスピーカーから、エルデの悲鳴のような叫びが飛ぶ。彼女は思わず機体を傾けて抗議するように見せるが、ヨルハはにやりと笑みを浮かべた。
『何を言ってるんです、エルデ? 確かに小さくするのは貴女の真似ですが、その後は違います。嵐を発生させて飛ばしてます。これはオリジナルです』
その口調は、どこか得意げだった。そう言いながら、ヨルハは次の隕石へと飛び移り、再び切断し嵐でまとめてゴーレムに送り込む。
ゴーレムは膨れ上がるようにその身体を広げ、容赦なく次々と飲み込んでいく。
『うぉ〜〜! こうなったら、もっと小さく切って、ビームシールドで吹っ飛ばすっす!』
対抗心を燃やしたエルデは、すぐさま機体を急旋回させると、新たな隕石群へと突っ込む。そして細切れにした破片を、今度は機体から発生させたシールドバーストで一気に押し飛ばし、ゴーレムへと叩き込んでいった。それは、シールドを一瞬だけ放射状に展開し、衝撃波のような力で周囲の物体を弾き飛ばす技術。その大胆で豪快な戦いぶりは、まるで宇宙を駆ける小さな暴れん坊将軍のようだった。
『諦めなさい、エルデ。私の勝ちです』
ヨルハが自信たっぷりに言い放ち、さらに速度を上げていく。その姿はまるで宙を駆ける戦乙女のようだった。
「楽しそうだな。たまには、こういう遊びもいい」
バハムートは腕を組みながら、ゆったりと二人の姿を見守っていた。競技開始からすでに一時間は経っていたが、彼は時計を見ることもなく、ただ微笑ましくその様子を眺めていた。




