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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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シャワーの静夜

 クロは自室に戻り、照明を少し落とした。静けさの中で服の裾を整え、シャワーに入ろうとしたその瞬間、扉が軽く開く。控えめなノックもなく、元気な声が先に入ってきた。


「クロねぇ、クレアねぇは今夜はリビングで見張りをするって言ってるっす」


 振り向いたクロは、少しだけ肩の力を抜いて微笑む。


「おつまみ目当てですね」


 淡々としたその返しに、エルデは返事をせず、まるで当然のようにクロの部屋へと足を踏み入れた。動きにためらいはなく、次の瞬間にはジャケットを脱ぎ、Tシャツの裾を引き上げる。軽やかにインナーを外し、ためらいもなく脱衣を進めた。


「なぜ服を?」


 クロが眉をわずかに上げて問いかける。しかしエルデは首をかしげ、いつもの調子であっけらかんと答える。


「? シャワーを浴びるっすよね。一緒に入るっすよ」


 その言い方はまるで「それ以外の選択肢があるのか」と言わんばかりで、悪びれる気配もない。クロが反応するより早く、エルデはボトムスとスパッツをまとめて下ろし、ショーツまで一気に脱ぎ捨てた。小気味よい動きで服を片隅に投げると、勢いよくシャワー室の扉を開けて入っていき、ハンドルをひねる。熱めの湯が勢いよく噴き出し、エルデの体を一気に濡らしていった。


「熱いっす! 少しぬるくしとくっす!」


 明るい声が響き、水音が跳ねる。クロは脱ぎ散らかった服を拾い上げ、整えるように畳みながら小さく息を吐いた。


「エルデ、着替えは?」


「持ってきてないっす。部屋はすぐそこなんで裸でもいいっすよね」


「良くないですね」


 その静かな一言には、ほんの少しだけ呆れが混じっていた。クロはため息をつき、部屋を出る。目の前のエルデの部屋へ入り、散らばっていた――おそらく洗濯してあるであろう衣服を、クロは几帳面にまとめて手に取った。整えられた指先の動きは、まるで習慣のように迷いがない。衣服を抱え、自室へと戻る。


 脱衣所に衣服を置きながら、穏やかな声で呼びかけた。


「はい、置いておきますから」


「ありがとっす!」


 返ってくる声は、いつも通りの明るさだった。その屈託のない響きに、クロの口元がわずかに緩む。彼女も服を脱ぎ、タオルを手に取る。そして静かにシャワー室の扉を開いた。


 扉の向こうでは、湯気がふわりと立ちのぼり、白い蒸気が柔らかく視界を包んでいた。その奥で、エルデが頭の上からシャワーを浴びながら振り向く。頬はほんのりと赤く、目には無邪気な笑みが浮かんでいた。


「クロねぇ、改めて見るとちっさいっすね」


「エルデは相変わらず細くてスタイルがいいですね。胸も大きい……ですが、以前より少し肉付きがよくなりましたね」


 シャワーの音が一定のリズムで響く。その音を聞きながら、クロはふと昔のことを思い出した。湯気に包まれた静けさの中、記憶の中の映像がゆっくりと浮かび上がる。――初めてエルデを見たときの、あのやせ細った姿。肌の下に骨がくっきりと浮き出ていた体。


 それが今では――まだ痩せてはいるものの、しっかりとした筋肉がつき、動作のひとつひとつに生命の力が宿っている。クロは、湯気の中でその背中を見つめながら、胸の奥で静かに息をついた。


「以前より、ずいぶん逞しくなりましたね」


 小さく呟くその声には、感心と、ほんの少しの安堵が滲んでいた。エルデは胸を張り、湯気の向こうで嬉しそうに笑う。


「そうっすね。おっぱいもまた大きくなったっす」


 その無邪気な言葉に、クロはぴたりと手を止めた。水音が一瞬途切れ、湯気の中で視線が交わる。湯の流れさえ止まったように、わずかな沈黙が訪れた。


 やがてクロは、静かに息を整えて口を開く。


「……それは絶対にアヤコお姉ちゃんの前で言わないように」


「う……了解っす」


 エルデが小さく肩をすくめ、申し訳なさそうに笑う。クロはその様子に、ふっと苦笑を浮かべた。表情は柔らかく、どこか母親のような穏やかさを帯びている。


「座ってください。髪を洗ってあげます」


「いいんすか!」


 声が弾む。子どものように嬉しそうに椅子へ腰を下ろしたエルデに、クロはシャワーをいったん止めた。代わりにハンドルをひねり、壁面から温かなミストがふわりと噴き出す。室内にこもる湯気がさらに柔らかく広がり、空気が包み込むようにあたたかくなる。


 クロはシャンプーのポンプに手を伸ばし、泡立てた指先でエルデの髪をわしゃわしゃと優しく洗い始めた。


「あ~~~~……気持ちいいっす……」


 エルデは心から安堵したように目を閉じ、息を吐いた。髪を撫でるたびに、金髪が湯気に濡れてきらめく。その一部――黒く染まった部分が光を受けて揺らめいた。クロは指を止め、ふと目を細める。


(まさか髪に眷属としての色が出るとは思わなかったが……なかなかエルデに似合っていますね)


 指先に伝わる体温はしっかりとしていて、昔のような儚さはもうない。エルデの呼吸は穏やかで、すっかり安心しきっている。その背の高い妹分の髪を、クロはゆっくりと、慈しむように洗い続けた。傍から見れば――まるでクロが妹で、エルデが姉のようにも見える。けれど、見える姿と実際の関係は逆だった。湯気に包まれた二人の姿は、年齢や立場を超えて、ただ“家族”としてそこにいた。

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