静かな食卓と小さな休息
そのまま夕食を囲みながら、クロはホロディスプレイに整理した情報を映し出していく。淡い光が食卓の上に広がり、皿の縁を照らしながら、司令との通信記録が静かに再生されていた。映像が途切れると同時に、クロは箸をそっと置き、ひと息ついてから口を開く。
「とりあえず返事待ちですが――明日、ここの司令と会えないか、接触を試みています」
軽く告げる声は落ち着いていたが、その中に探るような慎重さが混じっていた。エルデはフォークでご飯をすくい、みそ汁をひと口飲んでから、すぐに首を横に振った。
「クロねぇ、それがダメっす」
小さくため息をつくような声。そのままフォークを置き、端末を手に取る。指先で画面を数度タップすると、映し出されたホロディスプレイにメッセージが展開された。
「お断りのメッセージっす。簡単に言うと――忙しいから無理だそうっす」
ホロディスプレイに映し出された文章は丁寧そのものだった。だがその文面の裏には、どこか“急に言って来るな”という苛立ちの気配が滲んでいる。整然とした言葉の並びがかえって冷たく、感情を抑え込んだ硬さを帯びていた。
「めっちゃ丁寧っすけど……なんか、怒りが込められているような雰囲気っす」
エルデが苦笑を交えながら言い、端末を閉じた。クロは静かに頷き、箸を置いてお茶をひと口含む。湯気がゆらりと立ちのぼり、その香りがわずかに鼻先をくすぐった。
「まあ、急過ぎましたし、仕方がないですね。断られること前提でしたので、気にすることはないですし」
その声には、どこか落ち着いた響きと、少しの柔らかさが混じっていた。その場を支配していた静けさを緩やかにほぐすような、穏やかな口調。テーブルの上で焼肉を噛みしめていたクレアが、口の周りをぺろりと舐めつつ小さく尻尾を揺らした。
「しかし、クロ様に対し失礼ですね」
彼女の声は静かでありながら、わずかに憤りを含んでいた。クロはその言葉にわずかに笑みを見せ、目元に柔らかい光を宿す。
「いいんです。無視されるよりはずっといいですよ」
そう言いながら箸を取り、カルビをタレにくぐらせる。滴るタレの香ばしい匂いが立ち上がり、クロはそのまま口に運んだ。じゅわりと肉の脂が舌に広がり、思わず目を細める。
「焼かないのに焼肉……やはり網で焼いた方が良いですね」
ぽつりと呟いたその言葉に、エルデとアレクたちは一瞬だけ顔を見合わせた。“どういう意味?”とでも言いたげな表情だったが、誰も突っ込まない。結局、よくわからないのでスルーが最も安全だと判断した。クロはそんな彼らの様子に気付いていながら、あえて何も言わずに微笑を浮かべた。一呼吸おいて、話題を切り替える。
「それで、アレクたちは何かいい情報はありましたか?」
問いかけに、アレクは軽く首を横に振った。
「いえ、社長たちの情報以上のものは無いです。軍の動きがあることや、物資が集められ始めている情報などはありますが、すべて社長の情報に集約されてますから」
その声音には、元ハンターらしい冷静さの中に、わずかな悔しさが滲んでいた。机上に映るホロの光が彼の横顔を淡く照らし、目元に疲れと誇りを同時に映す。アレクが言い終えると、隣のアンポンタンたちも小さく頷いた。
「本来は、集めたこういった細かい情報を束ねて予測を立てるものなんですが……」
アンが肩をすくめて呟く。続けてポンが、苦笑まじりに言葉を継いだ。
「答えを先に持ってこられると、今日集めた意味がないですね」
タンはコップを揺らしながら、小さく息を吐いた。茶の香りがほのかに広がり、場の空気が少しやわらぐ。クロはその様子を見ながら、茶碗を持ち直し、静かに笑みを浮かべた。
「アレクたちの努力があって、私の情報が正確に確認できたんですよ。無駄ではありません」
やさしい口調でそう告げると、アレクたちは一瞬だけ目を見合わせた。クロはその反応にわずかに微笑みを深め、少しだけ真剣な声音へと変わる。
「今回は、裏技みたいなものです。ただ、これからこういうことが多々起こると思ってください。無駄だと思い腐らずに、これからも行動を続けてください」
その静かな言葉には、叱責ではなく信頼があった。仲間として、そして同じ地に立つ者としての温度。それを感じ取ったアレクは、まっすぐクロを見て頷く。
「わかりました、社長。安心してください」
アレクの返答に、アンポンタンたちも同時に顔を上げる。それぞれの表情には、冗談めいた軽さと確かな決意が混じっていた。
「もう俺たちは腐りません」
「社長は気にせず」
「存分に暴れてください」
三人の声が重なり、リビングに柔らかな笑いが広がった。クロはその空気を受け止めるように目を細め、湯呑みを静かに傾ける。湯気が立ちのぼり、ほのかな茶の香りが落ち着いた空気に溶けていく。
「今の中に、暴れる要素ありました?」
クロが穏やかに問い返すと、テーブルの向こうでクレアが尻尾をゆるやかに揺らしながら答える。
「クロ様、思い付きの行動のせいかと」
その言葉に、クロはふっと笑いをこぼした。
「……なるほど。なら、仕方ないですね」
そう言って箸を取り直し、再び食事を再開する。焼肉の香りと、茶の湯気が混ざり合い、温かな夜の時間が静かに流れていった。外のホロディスプレイに映る夕焼けの名残がゆるやかに沈み、食卓の空気はゆったりと落ち着いていく。
賑やかな報告を終え、食事が一段落したころ、クロはアレクたちを見渡して口を開いた。
「明日は完全休養にしますので、今夜はお酒飲んでもいいですよ」
不意の言葉に、アレクたちは一瞬だけ顔を見合わせた。空気が小さく揺れ、タンが慌てて身を乗り出す。
「はっ……いいんですか?」
確認するような声音。まるで“夢でも聞いたのか”と確かめるような真剣さだった。クロは食べ終えた皿を重ねながら、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「前にも言いましたが、息抜きは大事です。張りつめ過ぎていても疲れるだけで意味がないですし、ここ一週間以上まともな休みがない状態です。これでは、この先の効率も落ちてしまいかねないので……ここでいったん、ガス抜きしましょう」
その声は落ち着いていたが、部下を思いやる温度が込められていた。アレクたちはその言葉に納得しながらも、どこか気恥ずかしそうに視線を交わす。
「しかし……」
ポンが呟くように言う。その言葉を遮るように、テーブルの上で満足そうに口元をエルデに拭いてもらっていたクレアが、すっと顔を上げた。
「いいから、クロ様の言うことに従いなさい。でなければ、せっかく買ったお酒やおつまみがもったいないです」
小さな体ながら、堂々とした声音だった。前足を軽く持ち上げ、アレクたちの方を指し示すようにして続ける。
「それから、おつまみはお肉系で私にも分けることです。お父さんみたいにケチではいけませんよ」
その台詞に、場が一気に和んだ。エルデが思わず吹き出し、笑いをこらえながら言葉を返す。
「クレアねぇが食べたいんじゃないっすか?」
クレアは尻尾を小さく振り、涼しい顔で即座に返した。
「いえ、味見と監視です」
ピシャリとした口調に、誰からともなく笑いがこぼれる。その笑いが、リビングにやわらかく広がっていった。ホロディスプレイの光が食卓を照らし、夜の始まりを静かに告げていた。
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