エアロックの影
短めのエピソードですが、もう一本ご用意しています。
少し時間をずらして、10分後に更新いたします。
戦艦がゆっくりと入港する。巨大な艦体の影が軍港ドック全体を覆い、金属の軋む低音が空気を震わせた。無重力制御の磁気パッドが作動し、甲板に淡い光が走る。やがて固定アームが伸び、鈍い音を立てて艦の船体を掴んだ。
宇宙服を着た整備員たちが次々と動き出す。係留ロックの固定確認、エネルギー供給ラインの接続、外装の損傷チェック。艦底を走る補助灯の明かりが整備員たちのヘルメットを照らし、その光が銀色の金属面に反射しては消えていく。
作業の合間、ひとりの整備員がふと顔を上げた。ヘルメット越しに周囲を見回す。
何か――違和感があった。
(今……エアロックが開いたか?)
視線の先、奥にある第三区エアロックのランプが一瞬だけ点滅していた気がした。慌てて近づいて確認するが、そこには誰もいない。エアロックの扉も閉じたまま、警告音もなし。
「……気のせいか」
整備員は首をひねりながらも、すぐに持ち場へ戻る。作業は止められない。誰も、わざわざ不吉な違和感を追及する余裕はなかった。
その頃、監視ルームのモニターが小さく警告を発した。電子音が短く鳴り、モニター上に赤いアラートが点滅する。
「おい、エアロック三番、警告反応だ」
監視端末を見ていた兵士が顔をしかめ、慌てて操作パネルを確認する。映し出された映像には――誰もいない。ただ、エアロックの開閉ランプが点灯し、扉が動いたログが残っていた。
「整備不良か? エアロックの故障なんてシャレにならんぞ」
背後で確認していた上官が険しい顔を向ける。
兵士は頷き、点検チームへの通達を打つ。モニターには点検班が現場へ向かう姿が映し出され数分後、通信が入った。
『こちら整備班。点検完了――異常なしです』
その報告に、監視室の空気がわずかに緩む。
しかし同時に、別の緊張が静かに走った。
「……異常なし、か」
兵士が報告書を確認する。そこには整備員の手書きメモが追加されていた。
『故障や不備はなし。ただし、確かにその時刻に“ボタンを押した履歴あり”。しかし――各種センサーの反応なし。ステルスセンサーも反応ゼロ。』
「……まさか、幽霊か?」
若い兵士が冗談めかして呟く。
だが誰も笑わなかった。
冷却ファンの微音だけが、監視室の空気をかすかに震わせていた。
「わからん。だが――一応、上に報告を上げておくか」
上官が短く答える。その声にはわずかに濁った重みがあった。
モニターの片隅で、エアロックのログがひときわ強く見える。まるで、“誰かがそこを通った”という事実だけを残すように。




