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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め

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静けさに灯る証明と、気づかされた名のぬくもり

 異様な静寂の中、クロはゆっくりと足を運び、放り投げていた武器と端末を拾い上げていく。淡々と、それらを順に装備し直しながら、周囲に目を配る。地下の空気はよどみ、鼻をつく鉄の匂いが漂っていた。まるで、さっきまでの出来事の余韻が空間そのものに沈殿しているようだった。


 しん、とした空気の中――やがて、足音が響き始める。


 クロは音の種類と間隔から、それが治安局の小隊であると即座に判断した。数秒後、地上からの扉が開かれる。現れたのは、かつてアニマルパークの事件で対峙した治安局員――その姿に見覚えがあった。


「ご苦労様。無事か?」


 男の声は低く、抑えた調子だった。


「はい。捕らわれていた人は全員無事です。……あそこにあるオフィスに、おそらく証拠が残されていると思われますが、破損を避けるため、手はつけていません」


 クロは端末に目を落としながら、静かに報告を重ねる。


「……ありがとう。だが、君は少しやり過ぎだな」


 男の目が、ここまで来るときに見ていた、無残に拘束された警備員たちの姿を思い出す。


「腕や足のねじれ方が……ちょっと痛々しいぞ」


「警告はしました。……結果は、彼ら自身の選択です」


 それは説明でも弁解でもなかった。ただ、事実を述べるだけの、無機質な返答。


「なら――仕方がないな」


 治安局員がわずかに息を吐き、視線をクロへと戻す。


「このあと、君はどうする? 後の処理はこちらで引き継ぐが」


「ギルドの方も来るんですよね?」


 クロの問いに、男は頷いた。


「ああ。ギルドからも職員が数名来る予定だ。……もっとも、君の仕事はもう残っていないと思う」


 そう言いながら、軽く苦笑を浮かべる。


「証拠映像はすでに受け取った。犯罪者も、君が全員拘束してくれた。証言も取れるだろうし、言っていた通り、証拠品もあのオフィス内にまとまっているはずだ」


 一拍置いて、男は言葉を継いだ。


「……本来なら、これは我々治安局の任務だった。けど、正直な話――手が出せない状況だったんだ。そこを、君に覆してもらった。それだけで、感謝している」


 言葉には悔しさと誠意が同時に滲んでいた。


「これ以上、君に苦労は掛けられんよ」


 クロは、言葉を受け止めるように小さく頷いた。そして、そっと手を差し出す。


「クロです。……お名前を聞いても?」


 男は、その手をしっかりと握り返した。


「そうだったな。私はシュウ。よろしく。そして、ありがとう」


「依頼の際は――またお願いします」


 互いの手にこもった圧が、一瞬だけ空気を温める。しっかりとした握手のあと、二人は静かに手を離した。


「ああ、君をぜひ指名させてもらう。……ご苦労だった」


 そう言って、シュウは丁寧に一礼する。その礼には、形式以上の敬意が込められていた。


 クロも静かに頭を下げると、無言のままその場を後にした。


 しばらく、その背中を見送った後――


「……英雄だったな」


 誰に言うでもなく、シュウがぽつりと呟く。


「さあ、あとは我々の仕事だ。……クロ君に、負けていられないな」


 治安局員たちは、無言で頷き、それぞれの持ち場へと動き出した。


 人々が続々と出入りを始めた会社の建物を背に、クロは一人、歩き出した。目的地は、ギルド。この場に長く留まる意味は、もうなかった。


(……死を求めていた俺が、自由に気づき、それを求めて旅に出た)


 脳裏に、地下で口にしたあの言葉が浮かぶ。


(――だが。まさか、“自由”以外のものまで、得ていたなんてな)


 心の中でそう呟く。


 思いがけず口にしていた言葉――“家族”。それは単なる方便でも、誰かの同情を買うための演出でもなかった。


(自由のために生きてきた俺が……気づけば、家族まで得ていた。たった数日でだ)


 それは驚きだった。けれど、不思議なことではなかった。


(俺は――アヤコとシゲルを、“家族”と認めていたんだ)


 それに、ようやく気づいた。自分でも、思っていた以上に自然に。


(……あのバカどもには、感謝しないとな。気づかせてくれたことだけ、だけどな)


 皮肉めいた思考とは裏腹に、心のどこかがあたたかい。そんな自分に戸惑いながら、クロはひとりごちる。


「運が巡ってきた……のか。それとも、今までの贖罪で――女神の加護でも得たのか」


 その言葉は、コロニーの空気に溶け、音もなく消えていった。


 ――だが、その呟きを、聞いていた者がいた。


 純白の空間。そこに立つのは、神秘的な美しさを湛えたひとりの女性。視線を下ろしながら、微かに微笑む。


「加護なんて、与えた覚えはないけど。……怒られちゃったしね」


 誰に言うでもなく、ふわりとした口調で呟く。


「もう、私からの干渉はないわ。……私“から”は、ね」


 そして、ゆっくりと顔を上げる。その瞳は、まっすぐに“運命”を見据えていた。


「――あとは貴方次第。……頑張ってね」


 彼女の声が、時空のどこかに溶けていく。白い空間の中で、風もないのにクロに似た女性の長い髪が揺れていた。

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