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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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空調アンクレット

 クロは八つの輪のうち、ひときわ柔らかい赤光を帯びたものを手に取り、指先で軽く回した。その輝きは他の黒い輪とは異なり、まるで体温のような温かさを帯びている。


「――では、答えを見せましょうか」


 穏やかな声でそう言うと、クロはその赤い輪をポンに差し出した。金属とは思えないほど滑らかな質感。手に取った瞬間、微かな振動が掌をくすぐる。


「足がいいですね。どちらでも構いませんので、通してみてください。今回は――直接肌につけるタイプです」


 指示を受けたポンは一瞬だけ輪を見つめ、それからクロを見上げて確認する。


「社長……痛みとかは、ないですよね?」


 その声にはほんのわずかに警戒が混じっていた。彼の視線は無意識に罰のために針を埋め込まれた手の甲に向かっていた。


 クロはその反応に気づき、穏やかに微笑む。


「ありませんよ。今回は、私以外の皆さんが使う装備です。――心配なさらず」


 柔らかくも確信のある言葉だった。その声に安心したように息を吐くと、ポンは「そういうことなら」と頷き、靴を脱いでボトムスの裾を少し上げる。慎重に輪を足首に通すと――金属が音もなく収縮を始めた。


 肌に触れた瞬間、冷たさはなく、むしろ体温に溶け込むような感触。輪は自動的にサイズを調整し、ぴたりとポンの足首に吸い付いていく。数秒後には、まるで最初からそこにあったような自然さで、アンクレットとして定着した。


「……これは、不思議な感覚ですね」


 ポンは足首を動かしながら、驚きと興味を混ぜた声を漏らす。


「まるでつけていないような……それでいて、筋肉の凹凸にもぴったり吸い付いている。力を入れても柔軟に伸び縮みして……すごい」


 エルデが待ちきれない様子で身を乗り出す。


「で、でっ、他にはないっすか? 何かパワーが漲るとか、感覚が冴えるとか、そういうのないっすか?」


 その勢いに押され、ポンは半ば笑いながら靴を履き直す。そして、軽く構えを取り――シャドーのように空を数発突いた。さらに、ソファーの周囲をぐるりと軽く走ってみせる。


「……変わりはないように見えますがね」


 そう言いながら足を止め、自分の体を見下ろす。見た目にも感覚的にも、特別な変化は感じられない。


 エルデは頬を膨らませて叫ぶ。


「クロねぇ! こーたーえーっ!」


 クロは淡く微笑みながら、掌に乗せた赤い輪を光にかざした。薄く透ける光が金属の内側を流れ、まるで小さな生命の鼓動のように脈動している。


「これは――自身の体感温度を均一に保つアンクレットです。惑星では暑かったり寒かったりと、気候差が激しいですから。服をいちいち変えるのも面倒でしょう? だから、身に着けた本人が一番快適に過ごせるようにしてあるんです。簡単に言えば――空調機みたいなものですね」


 説明を聞いたポンは思わず瞬きをし、エルデはぽかんと口を開けたまま固まる。数秒の沈黙ののち、クロはさらに続けた。


「ちなみに、体温そのものを変えるわけではありません。運動すれば汗はかきますし、病気で発熱もします。あくまで“感じる温度”を一定に保つだけです。足首につけたのは、全身の血流を通して効果を循環させるためですよ」


 淡々としながらも、どこか楽しげな口調だった。説明を終えると、クロは隣にいたエルデへアンクレットを渡す。


「確かに、コロニーだとあまり意味ないっすね」


 そう言いながら、エルデは目を輝かせてアンクレットを両手で受け取った。そして、いそいそと足を出して赤い輪を通す。金属が肌に触れた瞬間、すっと温もりが広がり、冷たさも熱さもない、不思議な“ちょうど良さ”が足元を包んだ。


「わ……これ、なんか気持ちいいっす……! なんか、ぬくいっすけど、暑くない!」


 体感を確かめながら笑うエルデに、クロは満足げに頷く。


 その横で、ポンは腕を組んで静かに感心していた。


「確かに盲点でしたね。熱い寒いはいつも地味に堪えましたけど、すっかり忘れてました……」


 そう言いながら、ふと目をやると、作業シートの上には残り六つのアンクレットが整然と並んでいる。それぞれ微妙に異なる光を宿しながら、柔らかく脈動していた。


 ポンの表情には、かつての惑星で行った依頼で苦労した記憶が蘇ったような色が浮かぶ。


(――あのとき、これがあればな)


 そんな思いが、言葉には出さずとも瞳に宿っていた。


 クロは視線を移し、鱗の上でふて寝を決め込んでいたクレアへと声をかけた。


「クレア、付けますか?」


 呼びかけに、クレアがもぞりと体を起こす。寝ぼけたような演技をし、瞬きをしながらも、その表情には“仕方ないですね”という言葉がありありと浮かんでいた。だが、尻尾はごまかせない――ぶんぶんと揺れるそれは、誰よりも嬉しそうだった。


(指摘したら、またふて腐れるでしょうね。……黙っておきましょうか)


 クロは苦笑を押し殺しながら、近づいてきたクレアを優しく抱き上げる。その後ろ脚にアンクレットを通すと、輪は静かに縮み、毛並みに隠れて見えなくなった。


「どうです?」


 クロが尋ねると、クレアは数度足を動かし、感触を確かめる。そして、穏やかに微笑んで答えた。


「違和感はありません。……ありがとうございます、クロ様」


 その声音は、いつもより少しだけ柔らかかった。クロは「それはよかった」とだけ返し、そっとクレアの頭を撫でた。

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