惑星で使えるもの
クレアが拗ねてふて寝を始めても、エルデのクイズは終わらない。腕輪を回しながら、うーんと唸り首を傾げた。
「なんすかね……部位でも防具でもない。それで日常的に使える物っすよね……」
「そうですね。ただ――コロニーでは、あまり必要ないかもしれませんね」
クロは淡々とした声で返しながら、手元の金属をゆっくりと練り合わせる。掌の上では光の粒が瞬き、熱とともにわずかな風が流れた。
「ますますわかんねぇっす」
エルデが唇を尖らせるころには、クロの手元ではすでに八つの輪が形になっていた。それぞれが微かに異なる輝きを放ち、まるで呼吸するように光を揺らしている。
「今回は、一つだけじゃないんすね」
「ええ。私はいりませんが――それ以外の全員分、作ります」
その言葉に、背を向けていたクレアの耳がぴくりと動いた。寝返りを打つように体勢を変え、薄目を開けて作業の様子をちらりと見る。しかしその尻尾は、すでに隠しきれないほど雄弁だった。
(私の分……! クロ様……楽しみです……!)
心の声が見えるかのように、尻尾がぶんぶんと左右に振れている。クロはそれに気づきながらも、あえて気づかぬふりで作業を続けた。
金属が溶け、指先の動きに合わせて輪が形を整えていく。淡い光がリビングの空気を照らし、静寂と熱の混じるような独特の時間が流れた。
「あれっすか? 一瞬で着替えられるみたいな感じっすか?」
エルデがわくわくと身を乗り出す。クロは指先を止め、少し考えるように目を細めた。
「違いますよ……ただ、それもいいかもしれませんね」
一瞬、彼女の表情に楽しげな光が宿る。
「いっそ鎧を作って兜も完全にフェイスプレートで覆い――正体不明の戦士“ベヒーモス”。……おおっ! いいですね! それもやりましょう!」
「話がそれてるっす……。でも、そこまで興奮するってことは違うっすね」
エルデが呆れたように言いながらも、クロの手元の輪を覗き込む。金属の表面に浮かぶ古代文字のような刻印が、ゆっくりと形を成していた。
クロは指先で細かく文字を刻み込みながら、穏やかな声で続ける。
「さらにヒントを言えば――惑星で使えます。かなり便利ですよ」
その言葉に、エルデの瞳がきらりと光る。
「惑星……ってことは、外でも? つまり、重力下で使えるってことっすか?」
言葉を発しながら、彼女の視線が宙を泳ぐ。頭の中で、自分の知らない“地面のある場所”を想像しているのだろう。それを見ながら、クロは柔らかな声音で頷いた。
「重力下とかは関係ないですね。何処でも使えます。ただ惑星だと、その性能がいかんなく発揮できるというだけですよ」
「は~~~~。そもそも惑星に降りたことが無いからわかんないっすね……」
感嘆とも戸惑いともつかない声を漏らしながら、エルデは腕を組み、天井を仰いだ。やや大きめのタンクトップからは、肩から胸元が大胆にのぞいている。本人にその自覚はなさそうだが、無防備にも程があった。
そしてそのとき――リビングの扉が音もなく開いた。
入ってきたのはポンだった。いつもの白いハンター服は情報収集用のものに変えられ、白地の上からグレーの差し色が控えめに入っている。目立たないよう抑えた配色で、彼の動きもいつもより静かだ。足音を立てずに進みながら、ポンの視線は自然と室内をなぞる。一瞬で状況を把握した――クロが端末に向かって作業中。そして、その隣で思いきりくつろいでいるのはエルデ。
しかも上半身はタンクトップ一枚。
その瞬間、ポンの目がぴくりと動いた。一拍。いや、半拍遅れて、彼は何事もなかったかのように視線を逸らした。眉尻がほんの少しだけ引きつる。
「……危ない……。エルデさん、服を着ていただけると助かるんですが……」
声は平静を装っていたが、わずかに硬さが混じる。視線は壁の一点を見つめたまま。慌てて立ち去るわけでもなく、“見なかったことにする”――その判断に、ポンらしい誠実さと気遣いがあった。
クロはそんな彼を横目で見ながら、端末の操作を止めずに軽く口を開く。
「惜しかったですね。もう少しで、また手に痛みが走りそうでしたが」
からかうようなその言葉に、ポンは苦笑しながら手の甲をさすった。
「社長……。今でも、多少痛いんですから」
苦笑しながら言う彼の動きには、どこか本気のトラウマがにじんでいる。
そのやり取りの間に、エルデはようやく自分の格好に気づいた。慌ててソファの背に掛けてあったジャケットを羽織りながら、
「すいませんっす……」
と、ジャケットを直しながら小さく舌を出し、すぐに笑顔を取り戻す。
「でも、ちょうどよかったっす! ポンセさんも考えてほしいっす!」
と元気よく言い、クロの手元を指差した。
ポンは軽く息を整え、端末を操作して服の色調をいつもの白へ戻す。そして改めて、クロの手元――掌で光を帯びながら指で何かを彫られていく金属――を目にして、思わず息を呑んだ。
「……え、なんですかそれ」
エルデが得意げに胸を張る。
「クロねぇが腕輪を手で潰して、いろいろ混ぜて作ってるっす! で、こうして――」
エルデは嬉々として外した腕輪をジャケットの上から装着し、腕輪を上げていく。金属が柔らかく光を放ちながら、布越しにも自然にフィットしていく。
「――そしてこうするっすと……アームプロテクターっす!」
腕輪が形を変え、淡い光とともに肘まで伸びていく。生地を焦がすこともなく、金属が流体のように密着していくその光景に、ポンは目を丸くした。
「……すごい……。いや、これ、普通じゃないですよね……?」
そのつぶやきに、背後から聞き慣れた声が響いた。鱗の上でふて寝を決め込んでいたクレアだ。尻尾が小さく動き、ゆっくりと持ち上がる。
「ポン。クロ様です。この程度は当たり前だと思いなさい。それは、あなたの首元や手の甲に刻まれた針が一番わかっているでしょう?」
目を閉じたままでも、声音には妙な説得力があった。クレアの言葉に、ポンは苦笑しつつ、自分の首筋へ手をやる。
指先に触れたのは、薄く残る痣――呪いの印。その瞬間、手の甲にじんわりと“かつての痛み”が蘇る。
「……そうでしたね。俺の常識は、社長には通用しないんでした」
そう言って肩を落とすポンの口元に、わずかに照れ笑いが浮かんだ。クロは静かに笑い、クレアは再び尻尾を振って目を閉じた。




