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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来

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帰る場所の朝

 朝のドッキリが見事に成功したことで、クロはどこか上機嫌だった。逆にしてやられたアヤコとシゲルはというと、苦々しい表情で朝食を取っている。


 テーブルの上には焼き立てのパン、ベーコンエッグ、パンとベーコンの香ばしさにコーヒーの香りが重なる。ホロウィンドウには朝のニュースが流れ、人工太陽の柔らかな光が窓越しに差し込んでいた。


「何か? お前は真夜中からずっとここで待ってたってか?」


 シゲルが食パンをかじりながら、半ば呆れたように問いかける。口の端にはわずかに笑いが浮かび、コーヒーをひと口すする。


「そうですね。ちょうど外縁の宇宙ステーションに着きましたので、いいタイミングだと思いました。一旦帰れる――そう思ったんです」


 クロはパンを小さくちぎり、静かに口へ運びながら答える。その声には穏やかな喜びがにじんでいた。


 アヤコはその微かな変化を感じ取り、少しだけ胸が温かくなる。クロにとって“帰る場所”が自分たちの家になっている――その事実が、何より嬉しかった。


 だが、すぐにその温度を裏返すような一言が続く。


「もちろん、真夜中なのは知っていました。でも、そっちの方が面白い反応が見られると思いましたので。……想像通りの反応、ありがとうございます」


 涼しい顔でそう言いながら、クロはトーストをもう一口かじる。いたずらを成功させた子供のような笑みが浮かぶ。


「一応、皆さんからは注意されてましたけど――やっぱり面白かったです」


 クレアもくすりと笑い、前足でベーコンを押さえながら器用にかじる。柔らかな毛並みに朝の光が反射し、尻尾が小さく揺れた。


「無駄なことしやがって……」


 シゲルが悪態をつきつつも、どこか楽しげにパンをちぎる。アヤコは苦笑しながらカフェオレを口に含み、話を切り替えた。


「それで――クロがここまで速かったってことは、何にもなかったんだね?」


 声のトーンは自然と明るくなる。無事を確認できた安堵が混じっていた。


「ええ。保守派か革命派かの偽海賊を壊滅させて、戦艦と機体を手に入れたくらいですかね」


 その瞬間、アヤコは飲みかけのカフェオレを盛大に吹き出した。白い飛沫がテーブルに散り、クレアが慌てて跳びのく。


「げほっ、げほっ……! い、今なんて!?」


 目を丸くして聞き返すアヤコの横で、シゲルは腹を抱えて笑い始めた。


「アヤコ、言ったろ。爆弾を持ってくるってな。早速、昨日のが爆発したわ!」


「ま、まさか……昨日の今日で……!」


 アヤコは頭を抱え、呆然とする。クロはというと、あくまで冷静にパンを食べ続けていた。


 テーブルの上ではカフェオレの滴が広がり、朝の日差しを受けて淡く光る。その横で、クロはまるで何事もなかったかのように、パンを一口かじりながら微笑んだ。ナイフでベーコンを切り分け、穏やかな口調で続ける。


「爆弾とは失礼ですね。一応、儲け話ですよ」


 そう前置きして、カップを置いたクロが淡々と告げた。


「フォトン社の最新戦艦――フラッシェル一隻。そして同じく最新型の機動兵器ヴェルカスを三機。さらに、捕獲した同機を分解して四機分。……まあ、今すぐ転移して持ち帰るわけではありませんが、予定ポイントに着いた際に持って帰ってカスタマイズをお願いしたいんです」


 その落ち着いた説明ぶりが、逆に事の重大さを際立たせていた。アヤコはぽかんと口を開けたまま、手に持っていたクロスでテーブルを拭く手が止まる。


「…………」


 沈黙。そして、誰より先に口を開いたのはシゲルだった。


「昨日の夜に言ったとおりだな」


 パンをかじりながら、シゲルは苦笑混じりに呟く。その目は完全に“予言的中”のそれだった。


「イベントって名の爆弾が、いきなり降ってきやがった。こりゃ、今抱えてる仕事を前倒しで終わらせる必要があるかもな」


 アヤコは思わず吹き出す。


「そうだね、じいちゃん。……いや~、いきなりだった。カフェオレがもったいない」


 テーブルを拭きながらも、口元は笑いをこらえきれていない。その様子に、クロはわずかに首を傾げ、柔らかい声で言葉を添えた。


「ちなみに、全く急ぎではありません。今の依頼が終わってから――完成するぐらいのペースで十分です」


「いいの?」


 アヤコが眉を上げ、不思議そうに尋ねる。クロは一拍置き、微笑みを浮かべて答えた。


「はい。もともと予定にない戦力ですし、なくても今は困りませんから。この依頼が終わってからでも十分です」


 その言葉には、クロらしい理性的な判断と、家族への確かな信頼が滲んでいた。口調は穏やかでありながらも、どこか安心させる強さがある。テーブル越しに見える横顔は凛としていて、朝の光を受けた黒髪がやわらかく揺れていた。


 シゲルとアヤコの間に漂っていた“驚きと笑い”の空気が、いつの間にか温かな安堵へと変わっていく。緊張が溶け、代わりに小さな満足感が残る――そんな、家の朝にしかないぬくもりだった。


 クレアが深皿の縁に前足を掛けて水を飲む。表面に広がる波紋が朝の光を受け、きらきらと反射する。満足そうに尾を振り、軽やかにひと息つくと、静かに口を開いた。


「……朝から大騒ぎですね。でも、悪くないです」


 その声音には、微かな照れと、家族を見守るような優しさが混じっていた。その言葉をきっかけに、三人の笑いが自然と重なる。


 シゲルは肩をすくめ、アヤコはコップを両手で包みながら微笑み、クロは静かにその様子を見つめていた。パンとベーコンの香ばしさに、コーヒーの香りが重なり――窓の外では、コロニーの朝光がゆっくりと広がっていく。


 穏やかで、どこか賑やか――それでいて、確かに“家族の朝”がそこにあった。その空気こそ、彼らが積み重ねてきた“帰る日常”そのものだった。

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