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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
48/463

その少女、化け物につき

誤字脱字修正いたしました。

ご報告ありがとうございます。

追加で修正いたしました。

更に追加で修正いたしました。

「逃げようとした奴は戻れ。――死にたくないよな」


 出入り口を塞いでいた男が、ゆっくりと歩を進める。その手には、ビームガンとビームソード。無言のまま構えられたそれらが、言葉以上に重く場を支配していた。


 その威圧に抗えず、逃げかけた者たちは足を止める。そして――とどまっていた人々もまた、無言のまま従うように、元の牢へと引き返していった。


 切り裂かれた鉄格子の奥。一度は越えたはずの境界線を、自らの足で越え直すその姿は、まるで“解放”という希望の否定だった。


「まったく、バカだよねぇ」


 男が愉快そうに口を開く。人質を小突きながら、飄々とした口調で。


「動かなければ、まだ助かる可能性だってあったのに。――自分から潰すんだもん、チャンス」


「……貴方。どこにいました?」


 クロが問う。淡々と、しかしわずかな探るような気配をにじませて。


「今、聞く? さっき来ただけだよ」


 男は肩をすくめて笑った。


「おかしいな~って思って奥に入ったら、みんな捕まっててさ。ああ、これはもうダメだって思ってさ、逃げる気満々で秘密通路に向かったんだよね。そしたら――ほら、この騒ぎ」


 視線を、入り口に立つもう一人の男へと流す。


「そこに居る“ケイちゃん”に連絡して、俺もそっちに紛れて脱出するつもりだったのにさ。バカがさあ、騒ぎ出しちゃってさ。計画、パァ~ってわけ」


 笑っていた。心底から、楽しげに。


「ハンターちゃん。……武器、捨てようか」


 男は笑った。人質の命をちらつかせながら、柔らかな声音で。


「殺されたくないでしょ、この人たち」


 クロは表情を変えないまま、手に持っていた装備を一つひとつ放り投げた。ビームガン、ビームソード、スライムタッカー、そして端末。すべてを男の“背後”へ向けて。


「おいおい、普通こういうのは、僕の足元に投げるもんだろ?」


 男が苦笑交じりに言う。


「壊されたくないので」


 クロの声には、皮肉も怒りもなかった。ただ、淡々と。


「まったく、サイ。その呼び方はやめろ。それより――逃げないとまずい。治安局とギルドが、もう動いてる」


 背後に控えていた“ケイ”と呼ばれた男が、慌てることもなく静かに言葉を継ぐ。しかしその声には、僅かな焦りが混じっていた。


「わかったよ。でも……君には、死んでもらう」


 サイが笑う。そして、クロに向けて――ビームガンを撃った。


 鋭い音が走り、銃口から放たれた閃光がクロの胸部に直撃する。周囲からは、悲鳴。


 だが――クロは動かない。微動だにせず、ただそこに立っていた。服も肌も、かすり傷一つないまま。


「おいおい。バリア張ったままなら……人質の方が先に死んじゃうでしょ?」


 サイが笑いながら、顎で後ろを指す。クロも目線だけを向ける。人質の首元――肩にあったはずのビームソードが、首元に接近していた。


「……いえ。その程度の出力では、私に傷を与えることはできません。バリアなど、最初から張っていませんので」


 淡々とした声が返る。無感情。否、感情の発露すら不要という冷淡な断言。


「いやいや、ウソでしょ? じゃあどうやって死ぬのさ?」


 サイは引きつった笑みを浮かべたまま、戯けた調子で尋ねた。


 だが、ケイの反応は違う。その目がわずかに揺れる。今目の前にいるのは、“少女”の皮を被った何か――そう理解し始めていた。


「……サイ! 無視しろ。逃げるのが先決だ!」


「ケ~イちゃ~ん。わかってるって。……でも、ケジメは必要でしょ? ギルドに、メッセージを残さなきゃさ」


 サイの声は変わらない。軽く、飄々として、どこまでも楽しげに響いていた。


「私を殺すって事ですか?」


 クロが、静かに問う。


「殺すよ」


 サイは即答だった。迷いも飾りもない。ただ、事務的な応答のように響く。


 その瞬間――


 クロの唇がわずかに歪んだ。それは怒りでも、悲しみでも、憎しみでもなかった。


 漏れ出たのは――笑い。少女の姿にはまるで似合わない、低く、くぐもった声。


「ふ……ふふ……ふは……は、ははっ……はははははっ……!」


 どこかくぐもり、濁って響く嗤い。柔らかな声帯のはずが、そこには重く、男のような“深さ”と“底冷えする響き”が混じっていた。


 そして――


「……おかしいですね。どうして、そんな言葉が面白く聞こえるんでしょう」


 笑いながらも、目は笑っていなかった。そこにあるのはただ、観察者のまなざし。あらゆる感情を“下に見る”ような、人間性を超えた何か。


「お前たちごときが、俺を殺せるなら……苦労はしない」


 クロの声は、低く、淡々としていた。怒りも恨みもない。ただ、その静けさが――異様だった。


「逆に……殺してくれと願った時期も、あった」


 それは懺悔でも、呪詛でもなかった。ただ過去をなぞるように、淡く冷たい響きで続けられる。


「……だが、それでも俺に――自由と、“家族”ができた」


 そこで、ほんのわずかに声の調子が変わる。誰にもわからない程度の、微かな揺らぎ。


「だから……もう、殺されたくはない」


 それは、彼にとって――初めての、執着だった。目を伏せることなく、真正面から告げる。それは、怒りでも嘲りでもない。ただ、淡々と――そして深く、魂の底から放たれた。


「どうだ。……殺せるか? なら――殺せ」


 一拍置かれる。そして、静かに続く。


「……その代わり」


 黄金の双眸が、冷たく光る。


「お前たちも、殺す」


 その瞬間、空気が変わった。


 言葉は静かだった。叫びも怒鳴り声もなかった。けれど、確かに“何か”が吹き抜けた。


 少女だったものの――その“慟哭”は、声にもならず、ただ空間そのものを圧していた。叫ぶ代わりに、存在そのものが震えた。言葉の奥底に宿ったものが、空気の密度を変える。それは“悲しみ”でも“怒り”でもなかった。ただ、重く深く、理を踏み外した“兆し”。


 世界がきしみ、空間がわずかに歪んだ。サイもケイも、捕らえられていた人々さえも、もうそこにいる少女が“何者”なのか理解できなかった。


 そして――クロの姿が、消えた。


 次に彼女が現れたのは、ケイの目の前だった。人質に向けられていたビームソードは、左腕で掴まれていた。素手で、無言で。焼けるはずの刃は沈黙し、動くことすら許されなかった。


 人質の女性は、そのまま崩れ落ちる。気を失い、ようやく命を繋ぎとめた。


 黄金の双眸が、ケイを貫く。その瞳には、怒りも慈悲もない。


 ただ、“執行”の光。


 瞬きをした、その刹那。


「バイバイ」


 淡く無慈悲な一言とともに、クロの右手がケイの腹部を貫いた。鋼をも断つ力でも、道具の力でもない。


 それは、“破壊の力”。


 そして――ケイは塵と化した。


「……は?」


 サイの口から、間抜けな声が漏れた。


 それが――彼の最後の言葉だった。


 呟いたときには、すでに遅い。少女はすでに目の前におり右腕が、胸を貫いていた。痛みが届くよりも早く、意識が断ち切られる。


「……殺せなかったな」


 誰にともなく、誰にも届かないような声が落ちた。そのまま、サイの身体は静かに崩れ、塵となって消えた。


 残ったのは、沈黙。


 ただ、静寂が場を支配していた。血も、怒号もない。あるのは――ただ、音。


 クロの足音だけが、空間に響いていた。無言で歩き出すその姿を、牢の中で誰もが見つめている。


 その目に映るのは、もはや“少女”ではなかった。助けに来た存在ではなく、畏れそのもの。


 そして、クロは振り返ることなく言った。


「いいですか。――最後の警告です」


 声は静かだった。けれど、反論を許さない響きだった。


「ここに、救助が来るまで。――絶対に、動かないでください」


 誰も答えなかった。声を出す者はいなかった。反応すら、許されない空気だった。


 クロの姿を前にして、人々の目は、少女を見る目ではなかった。そこにいたのは、“化け物”。常識の外側にいる、別格の“何か”。


 そうとしか、思えなかった。

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― 新着の感想 ―
今度もまた考えなしだよね、この子・・・ 長生きしてるだけのトカゲだってはっきり分かるんだよね 口封じできない被害者の前で力見せびらかして、あげく自由と家族ができた!なーんて口走るとか これは家族狙われ…
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