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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来
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静寂の後に

誤字脱字を修正しました。

ご連絡ありがとうございます。

 だが――そこでアレクが待ったをかけた。端末越しの声が、いつもよりほんの少しだけ強く響く。


『社長、逃がしたほうが良いと思います』


 その一言に、ブリッジの空気がわずかに揺れた。バハムートは海賊の残滓を見つめたまま、静かに問い返す。


「理由は?」


『推測ですが、相手は“海賊”と称する保守派か革命派のいずれかでしょう。今回の一方的な敗走が噂になれば、我々への報復は躊躇されます。これからの動きの自由を確保するには、いちいち小競り合いを繰り返さない方が得策だと思います』


 アレクの言葉は、戦術と政治の両面を見据えた冷徹な判断だった。戦争は火力だけでは済まない。残存勢力の処遇、物資の後始末、政治的な“匂い消し”――すべてが次の行動に影響する。艦橋モニターには、まだ淡く舞う光の砂が流れていた。


 しばしの沈黙のあと、バハムートはぽつりと呟く。


「なるほど……でも、塵にした方が誰がやったかわからなくなるんじゃないか?」


 その問いに、ヨルハが意外にも即座に応じた。モノリス越しに返る声は冷静で、しかもどこか含蓄がある。


『クロ様。それで以前グレゴさんに叱られたこと、覚えていますか? それに、アレクの提案は合理的だと思いますよ』


 ヨルハの言葉に、バハムートは一瞬だけ眉根を寄せた。記憶の端に引っかかる“過去のやらかし”を思い出したらしい。だが、反論はすぐに続く。


「そうか? 来るなら来いで、片っ端から塵にすれば内戦なんて終わると思うがな」


 バハムートの口調はいつもの無邪気な好奇心を帯びている。だがその含意は冷酷だ。存在を“消す”ことを躊躇わない彼の倫理観が、短い台詞に濃縮されていた。


 ファステップで待機中のエルデが、少し引き気味に、それでもどこか同意を混ぜた声で口を挟む。


「クロねぇ、考えが野蛮すぎるっすよ。でも、クロねぇの言い分もわかるっす。早く終わった方がいいと思うっす」


 エルデの軽口に、バハムートは腕を組んで頷いた。その仕草には、戦闘直後とは思えない余裕が漂っている。仲間のやり取りに宿るわずかな“緩さ”と、その裏に潜む張り詰めた緊張――それが、嵐の去った後に残る静寂のような空気をつくっていた。


 ランドセルのブリッジでは、機器音が淡く響き続ける。ホロディスプレイの光が反射し、三人の輪郭を淡い青で照らしていた。タンは各サイズのドローンを整列させ、戦闘後の回収と警戒態勢の準備を進める。ポンは戦闘終了の報告を確認しつつ、慎重にバハムートの近くへ戦艦を移動させていた。その動作には、緊張を含んだ確実さがあった。


 アンは周囲の宙域を監視しながら、表示されるデータの変化を一つずつ追っている。彼女の指が光の中を滑り、静かに状況を整理していく。ブリッジの空気は静まり返り、ただ遠くで機器の律動が小さく響くだけだった。


 その光景の奥、アレクは操縦席の後方で静かに腕を組み、思考の深淵へ沈んでいた。外のモニターには、まだ爆散した光の粒が漂っている。無音の宇宙で、それはまるで“神の審判の残滓”のようだった。


 先ほどまで自分たちを狙っていた艦隊の姿はなく、ただ――バハムートが創り出した“空白”が広がっている。


(……これだけの力なら、確かに世界ごと消せる。けど――)


 アレクは拳を握る。圧倒的な破壊と、それに伴う静寂。その落差が、むしろ恐怖を際立たせていた。自分たちの主が放った一撃は、もはや“戦い”ではない。――存在そのものの抹消。


(……だが、今回は違う。依頼の本質を考えれば、“壊す”より“活かす”方が意味を持つ)


 アレクの視線が、戦況モニターの端に残る救難信号の反応に向けられる。かつての敵の信号だ。もはや抵抗の意思は感じられない。その点滅を見つめながら、アレクは短く息を吐いた。


(あの力を誇示するだけでも、十分に目的は果たせる。むしろ、逃がして“恐怖”を残す方が――今回はプラスになる)


 そう判断したアレクは、通信ラインを開く。声にわずかな熱を乗せて、バハムートを説得するように語りかけた。


『社長。確かに――社長の言うことが一番簡単です。データなら、残った戦艦から引っこ抜けば済みますから』


 淡々とした報告調の声。しかし、その奥に“止めたい”という意志があった。それを聞いたバハムートがわずかに口を開く。


「なら、さっそく……」


 軽い響きに、アレクは思わず声を強めた。


『待ってください!』


 一瞬、通信に沈黙が走る。その間に、アレクは言葉を整え、低く続けた。


『今回は――あくまで調査依頼です。戦闘そのものが目的じゃない。ここで全滅させてしまったら、向こう側にも我々の情報も植え付けた恐怖の印象も失うだけです。……それに、これからマルティラとマルティラⅡで調査を進める際、保守派もしくは革命派に恨まれながら復讐に備えるのと、奴らに流布させ畏怖を受け手出しできないようにして行うの、どっちがまだましだと思いますか?』


 静かな語り口。だが、そこに含まれる理路は明快で、ブリッジの空気がわずかに変わった。バハムートの眉が、僅かに動いた。


「ふむ……正直、俺はどっちでも……」


 バハムートの返答はいつもの無邪気さを残すが、言葉の端に“試すことへの好奇”が滲んでいる。だが、その直後、アレクがならばと考え方を変える。


『なら、エルデさんが傷つく可能性がない方は後者ですが?』


 簡潔で、しかし重みのある一撃だった。バハムートはそれを受け、即座に言葉を返す。


「なら生かしてやるか」


 バハムートは肩の力を抜くように言った。周囲では、まだ微かに漂う塵の残光がホロに反射し、彼の輪郭を幽かに縁取っていた。アレクは胸の内で一度だけ、安堵の息を洩らす。


(社長一人なら塵にしても問題ないだろう。だが、この方法でこそ、これからの動きがやりやすくなる)


 アレクは口を慎重に開く。声は落ち着いているが、決意がこもっていた。


『社長、彼らに移動を促して逃がしますよ』


「ああ。だが一応、警告だけしておこう」


 バハムートは淡々と頷くと、オープンチャンネルを開いた。クロの声で放たれる、その少女の声色が艦隊通信を通じて広がる。空気は一瞬、凍り付いた。


「海賊の皆さん。一応関係ないと思いますが、もし保守派か革命派の方がいるのなら伝えて下さい」


 同時に、バハムートの腕の周囲から漆黒のフレアが立ち上る。闇を固めたようなその光は、見る者の視線を吸い込み、嫌が応にも注意を集めた。


「もし、私達に手を出そうとするなら……」


 言いかけると、彼はフレアソードを投げ破壊した戦艦の残骸にフレアを叩き込む。破壊の力が、残骸を包み込み、塵へと還していった。爆炎も轟音もない。ただ、存在が静かに消えていく。


「こうなる覚悟で来て下さい。正直、今回の戦いは退屈でしたよ」


 その宣言は、海賊たちだけでなくクーユータのアレクたちにも冷たい衝撃を与えた。バハムートの無機的な余裕が、畏怖をより深く刻み込む。バハムートはすぐに切り替え、次の手順へと移った。


「アレク、後の勧告は任せます」


『……はい』


 アレクは軽く肩を落とし、冷静にマイクに向かう。口調は明瞭で、公的書状のような厳格さを帯びていた。


『こちらはクーユータ、ハンターギルド所属チーム〈ブラックガーディアン〉の代理、アレクだ。貴艦は略奪記録のある艦である。我々の要求に従うならば生存を保証する。従わぬ場合は行動を停止し、残存戦力を失う可能性がある。速やかに指揮系と全乗組員を一隻に集結せよ。ただし物資などの持ち込みは最低限とする。時間は30分』


 端的でありながら、容赦のない条項だった。通信を受けた艦隊が、やがてざわめきを孕んで動き始める。海賊たちは互いに押し合い、罵声を飛ばしながら物資を奪い合い、それらを慌ただしく一隻の甲板へと詰め込んでいく。


 怒号と混乱が渦を巻くなか、バハムートは無言でその光景を見下ろしていた。


 アレクの目が僅かに細まる。彼の頭の中では、すでに売却手続きや移送の段取りが組み上がりつつあった。だが、その片隅には――今、目の前で静かに腕を組む存在の“力”が焼き付いて離れなかった。


(選ばなかった未来か……まさに、そうだ。選ばなくてよかった)


 心の中でそう呟き、胸をなでおろす。あの力を敵としていたらと思うだけで、背筋に冷たいものが走った。


 やがて、大移動が始まる。生き残りの乗員たちが我先にと一隻の船へ集まり、混線する通信の中で怒号と悲鳴が入り交じる。


 その喧騒をよそに、バハムートはふと遠くを見つめた。


「さてさて、始まりから殺しに来るとは……マルティラに着いたらどうなるかな」


 その声は低く、しかし確かな未来を見据えていた。群れを成した海賊船がひとつの塊となり、やがて航路を離れていく。


 バハムートは去りゆく艦影を見送りながら、次に訪れる“静かな戦い”の気配を――確かに感じていた。

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