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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来
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神を敵に

「バカなっ……!」

「これは……一体……!」


 後方に控える艦隊を率いる艦長も副長も、目の前の光景を理解できなかった。ほんの数分前、自分たちの誇りであり、切り札でもあるヴェルカスの機体群が一斉に発艦した。編隊は完璧だった。迎撃網も、照準も、全てが計算された理想の攻撃パターンだった。


 ――それなのに。


 真紅の一閃。その一撃は、まるで神話の“裁き”のように宇宙を薙ぎ払い、ほとんどのヴェルカスが一瞬で蒸発した。爆発の光さえ上がらない。そこにあったはずの機影は、まるで初めから存在していなかったかのように掻き消えていた。


「……そんな……こんなもの、ありえない……」


 副長の声は震え、艦長の喉も音を失っていた。だが、異常はそれで終わらなかった。


 今、彼らの目の前では――戦艦が一刀のもとに切り裂かれていた。艦体が断たれた瞬間、内部から炎が噴き上がるどころか、むしろ静かに“光を失って”消えていく。空間に残るのは、微細な粒子と、黒い波紋のような歪みだけ。まるでこの世から“存在”を削ぎ落とすかのような現象。


 ――そして、その地獄はまだ終わっていなかった。


 残ったヴェルカスたちが恐怖に耐えきれず反撃に出る。だが、その攻撃はまるで意味をなさなかった。


 無数のビームが命中しても、バハムートは微動だにしなかった。その装甲に走る光の奔流は、まるで春風が撫でていくように散っていく。衝撃も爆圧も、存在の表層を揺るがすことさえできない。巨体は悠々と前進し、宇宙の海を切り裂きながら、静かに――確実に進んでいった。


 ヴェルカスが接近戦を試みる。しかし、それはまるで“触れた瞬間に拒まれる”ようだった。バハムートの装甲に機体が掠れるだけで、ヴェルカスはビームソードを握りしめたままその質量で破壊される。まるで自らの存在はただの石ころのように、宇宙に否定されたかのように。


「そんな……! 化け物だ……!」

「距離を取れ! 迎撃は無意味だ!」


 通信が錯綜し、叫びが混線する。複数の周波数が重なり、断末魔のようなノイズが艦橋に響き渡った。だが、もはや戦場に秩序などなかった。


 指揮系統が崩壊し、命令が出る前に艦が沈む。それでも誰かが必死に照準を合わせ、誰かが発艦の準備を叫ぶ。無意味だと知りながら――恐怖から目を逸らすために。


 その間にも、バハムートは進む。次の戦艦が一刀のもとに撃破された。光が走り、次の瞬間、艦体が静かに裂かれる。爆発もなく、音もない。ただ、“消える”という事実だけが、残酷に続いていった。


 そして、誰もが凍りついた。


 バハムートが――わずかに首を傾げたのだ。


 その仕草は、人のようでいて、人ではなかった。まるで“何か違う”とでも言うように、わずかに刀身を見下ろし、再び首を傾げる。理解不能なその動作が、艦隊全体の心を砕いた。


 “殺される”より、“理解できない”ことの方が恐ろしい。その事実を、全員が本能的に悟った。


 たったそれだけの動作に、艦橋内の全員が絶叫を上げる錯覚を覚える。何も聞こえないのに、悲鳴だけが響く。冷気が頬を撫で、喉が乾き、時間さえ止まったような錯覚。


「……艦長……我々は、何と戦っているんでしょう……」


 副長の声は乾いていた。顔色は蒼白で、震える手でコンソールを掴む。汗が頬を伝い、背筋を冷気が走る。それでも彼は艦長の返答を待った。


 だが、艦長は答えられなかった。喉が塞がれたように動かず、口を開いても声が出ない。まるで言葉そのものを、あの存在に吸い取られてしまったように。


 ――沈黙。


 わずか数秒。それだけの間に、味方艦の三隻が漆黒の光の中に消えた。爆散も、警報もない。ただ“無”が広がっていく。


 バハムートはその中心で、わずかに首を傾げ、静かに歩を進める。その動作は、もはや“戦闘”ではなく、“儀式”だった。滅びの神が、存在を秤にかけるように――淡々と。


「…………引き込むぞ」


 唐突に、艦長が呟いた。虚ろな瞳に微かな光が宿り、口元に歪な笑みが浮かぶ。


「は……?」


 副長は一瞬、聞き間違えたかと思った。


「――あの戦力を、革命軍側に引き込めば勝てる! 革命は――なる! この力さえあれば! マルギッテも、フロティアン国も、我らの手で塗り替えられる!」


 その声は、もはや理性を失っていた。戦況の報告も、部下の悲鳴も耳に届かない。艦長は“救い”を見つけたような表情で笑っていた。それが狂気によるものだと、自分でも気づかずに。


「……艦長……」


 副長は悲しげに目を伏せた。否定はしない。ただ、静かに理解していた。


(――既に、正常な判断は下せぬか……)


 そのとき、外の視界が一瞬だけ白く染まった。また一隻の戦艦が、音もなく崩れ落ちていく。バハムートはその中心で、静かに立ち尽くしていた。燃えることも、壊れることもなく――ただ、在る。


(我々は……見誤った。神を――敵に回したのだ……)


 副長の胸中に浮かんだその思考を、誰も否定しなかった。艦橋の空気は冷え切り、照明が一度だけ明滅する。光が落ちた瞬間、赤い警告ランプが静かに灯った。


 最後に残ったのは、無線越しの断末魔と、バハムートの沈黙だけだった。そして、艦長の笑い声が消えるよりも早く、フラッシェルは――爆発していった。

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