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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来
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暗月終焉

 戦艦フラッシェルは、クーユータへの攻撃を中断し、その照準を目の前の巨躯――バハムートへと切り替えた。


 その瞬間、ブリッジの空気は一変する。計器の表示が赤に染まり、艦長の怒号が艦内通信を震わせた。


「まず、愚かにも“最悪の名”を冠する不届き者から片付ける! 全館攻撃後に全機、発艦準備! デカいだけののろまを撃ち墜とせ!」


 艦長の叫びに呼応するように、戦艦群の砲門が一斉に光を帯びる。エネルギー充填完了の警告音が艦橋に重なり、次の瞬間――十二隻のフラッシェル級から、粒子ビーム砲が同時に放たれた。漆黒の宇宙に無数の光線が走り、流星の雨のように閃く。


 クールタイムの間にも容赦はなかった。マイクロミサイルが編隊を組み、対艦ミサイルが後を追うように飛翔する。爆発の光が層を成し、空間全体が赤く染まった。その直後、リニアカタパルトの起動音が連鎖し、艦腹部から次々と発艦していくのは無数のFAHR-45――ヴェルカス。弾幕を追い風に、光の翼を広げた戦闘機群が殺到していく。


 だが、バハムートはそのすべてを――正面から、受け入れた。


 全身に命中する閃光が連鎖し、爆発の光が体表を覆う。爆炎が波のように広がるその中――ただ一つの声だけが、確かに響いた。


「アレク。ちなみになんだが……前にヴェルカスに似た物を塵にしたことがあるんだが、あれは優秀なのか?」


 着弾の振動と共に流れ込む通信。あまりに落ち着いた声に、アレクは引きつった笑みを浮かべながら端末を操作した。


『アンジュ、ヴェルカスのスペックを出してくれ。――って、社長! その状況で通信入れるんですか!?』


「聞くだけだ。気になるだろう?」


 軽い調子の返答に、アレクは半ば諦めたように息をつく。画面に流れたデータを視認し、すぐに報告へ切り替えた。


『あー……社長。一応確認しますが、大丈夫なんですよね?』


「この攻撃か? 無視できる」


『……了解しました。えっとですね、ヴェルカスは帝国製の現行機よりスペックは劣ります。ただし拡張性が高く、ハンター用の市販パーツや外部メーカーの装備も取り付け可能な設計です。汎用性が売りみたいですね』


「なるほど、なるほど……なら、頂こう」


『は? ……はぁっ!?』


 アレクの間の抜けた声が返るのと同時に、周囲の砲火が一斉に止んだ。ミサイルの爆炎が薄れ、光の海が消える。残ったのは、静寂。


 そこに立つ巨躯――バハムートは、微動だにしていなかった。全身の装甲には傷一つなく、むしろ放たれた粒子の光を吸収したかのように、表面が淡く輝いていた。


 それに気づいた瞬間、敵艦の副官が息を呑む。


「……馬鹿な、直撃して、無傷……?」


 それでも艦長は引かない。怒りに顔を紅潮させ、手を振り下ろした。


「構うな! 士気を落とすな! 撃て! あの巨体を沈めろ!」


 再び、艦隊全体が咆哮するように火を噴く。光が交錯し、爆炎がバハムートを包み込む。だが、それはもはや攻撃ではなかった。――ただの断末魔だった。


 バハムートはゆっくりと顔を上げ、微かに笑う。


「覚悟は出来たか? では、海賊諸君――さようなら」


 両手が音を立てて合わさる。胸部の中央、プレート状の装甲が淡く震え、そこから真紅の光が滲み出した。それは瞬く間に脈動し、呼吸するように強度を増していく。やがて、輝きは光線となって溢れ出した。


 真紅の閃光が宇宙を貫き、虚空の色を塗り替える。バハムートの両手が開き胸部が完全にあらわになると、そこから解き放たれたのは、怒りでも報復でもない――“滅び”そのもの。


「――バハムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ! ブラスタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」


 叫びとともに、真紅の奔流が迸る。光は一瞬にして拡散し、ヴェルカスの編隊を飲み込んだ。逃げる暇すらなく、機体が光の中で分解され、形を保てぬまま粒子へと変わっていく。


 その破壊は熱ではない。物質の結合を断ち切る“分解”――存在そのものを焼き斬る、純粋な消滅の光。


 艦隊を掠めた真紅の奔流は、波のように宇宙を駆け抜け、星明かりすらかき消した。真空の闇に、爆発音も、衝撃もない。ただ――静寂だけが広がる。


 真紅の光を浴びた装甲がゆっくりと融け落ち、やがて輪郭すら消える。音もなく、煙もなく、存在が“消滅”していく。


 それは滅びの光。そして、バハムートが放つ――絶対の裁きだった。


 真紅の奔流が消え、光が引いていく。虚無の中に立つその巨影は、沈黙すらも支配するかのように静まり返っていた。


「エルデにも同じことを言ったが――」


 静かに言葉を切ると、バハムートはゆっくりと顔を上げ、ブリッジの仲間たちへ視線を向けた。


「アレク、アンジュ、ポンセクレット、タンドール。……これがお前たちの“掴まなかった未来”だ。そして――刻め。恐怖を」


 その声音は低く、揺るぎなかった。叱責でも激励でもない。ただ、事実を告げるような響き。言葉が終わるたび、艦内の空気がわずかに震え、誰もが息を呑む。その一言一言が、まるで“神の宣告”のように重く刻まれた。


 次の瞬間、バハムートの全身を包む空間が軋み始める。周囲の重力波が不自然にねじれ、虚空が水面のように揺れた。そして、裂けた空間の狭間から一本の剣が姿を現す。


 ――フレアソード。


 その刀身は、バハムート自身の鱗を素材として鍛えられた――元はただの“爪楊枝”。だが今は、神の武器と呼ぶにふさわしい。光を吸い込み、金属というよりも“生きた装甲”のように脈動している。角度によってわずかに赤い光が走り、表面に刻まれた紋様が呼吸するように微かに動いた。


 両手で柄を握り、バハムートは一瞬だけ静止する。次の瞬間、翼が爆ぜるように広がり、光の奔流を纏って一気に加速した。


 巨体が空間を裂く。黒い閃光が虚無を切り裂き、目前の戦艦フラッシェルの装甲を容易く断ち切る。


 一閃――。


 時間が止まったような静寂。すべての音が消え、次の瞬間、艦体の中心に黒い線が走った。その線はゆっくりと広がり、戦艦が上下に裂けていく。切断面には漆黒の残光が月の影のように漂い、やがてそこから無数の火花のような微細な爆発が連鎖していった。


 バハムートはその光景を静かに見届け、低く呟く。


「――永久に、塵となれ」


 その声が響いた瞬間、残光が弾ける。真っ二つになったフラッシェルを包み込みながら、黒い光が膨張し、そして――消えた。轟音も爆炎もない。ただ、戦艦という“存在”そのものが崩れ落ち、塵となって宇宙に溶けていく。金属片すら残さず、跡形もなかった。


「必殺、暗月(ダークムーン)終焉(ターミナス)


 バハムートは静かにフレアソードを構え直す。漆黒の刀身はなおも熱を帯び、表面に赤い脈が走る。その律動はまるで、戦闘の鼓動を刀が感じ取っているかのようだった。


「残り十一隻――」


 低く、しかし確かな響き。バハムートの瞳が冷たく光り、フレアソードの切っ先がゆっくりと敵艦隊をなぞる。


「――俺の技の実験台になれ」


 漆黒の刃がわずかに唸り、空間の粒子がざらりと震える。まるで次の瞬間、宇宙そのものが斬り裂かれることを予感しているかのようだった。

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