革命の影
ホロディスプレイに映るハンター情報を睨みつけながら、艦長は舌打ちを漏らした。内心の毒が抑えきれず、思考はすぐさま言葉へと滑り落ちていく。
(全く、邪魔くさい。ハンターごときが我が国の内情を調べようなどと。何が平和機構だ。革命の邪魔者は排除一択。それが正義だ)
指先でホログラムを一撫でにすると、情報の羅列が無造作に消え去る。淡い光の粒が指の動きに合わせて崩れ、画面の表示が一つ、また一つと薄れていくたびに、艦長の眉間の皺は深まった。抑えきれなかった怨嗟が、ついに声となって艦橋の空気に放たれる。
「忌々しい! しかも舐められたことに、Fランクのハンターのガキが! マルギッテの言いなりになるぐらいなら、ここで海賊に消されたように仕向けた方が正義だ」
低く、刃物のように鋭い言葉が落ちる。隣に立つ副官は一瞬だけ躊躇の色を見せたが、すぐに艦長の気勢に引きずられるように返答した。声は抑えめだが、賛同の熱を含んでいる。
「艦長。声が漏れておりますが……その通りだと思います」
副官の一言を合図に、周囲の兵士たちの表情がぴくりと変わった。顔に浮かぶ興奮は抑え切れず、やがて嬉々とした叫びへと変わっていく。
「我が国は我々で変えるのです!」
「そうだ! マルギッテの犬などこの星系に入れるべきではない!」
「フロティアン人は排除すべきだ!」
「そうだ、正義は我らにある!」
声は次第に連鎖していき、艦橋内の空気を震わせる。誰かが先導し、別の者がそれに続く。声の重なりはやがて鼓動のような高揚を生み、艦そのものが熱を帯びて反応するかのようだった。
そして一人が大声で合図すると、艦長以下の兵たちが一斉に叫びを重ねた。まるで戦艦全体が咆哮するかのような勢いで、掛け声が連呼される。
「マルティラの未来は我々の手に! 勝利を! 革命を!」
「勝利を! 革命を!」
その連呼に、艦橋の照明が一瞬強く揺らぎ、ホロディスプレイの残光が兵士たちの顔を赤く染める。歓声は熱狂へと変わり、理性は薄く溶けていった。外側の深淵で何が起ころうとも、この場では既に決意が連帯感となり、抑えがたい行動へと傾き始めている。
「艦長、名前はいつも通り……」
副官が低く声をかける。艦橋に漂う赤い照明の明滅が、互いの表情を陰影で染めていた。ホロディスプレイには、出撃準備を終えた艦隊の姿が整然と映し出されている。
「ああ、いつも通り――『マルティラ海賊団』でいく。この罪はマルギッテどもにかぶってもらう」
艦長は短く息を吐き、口角をゆがめて笑った。その眼光には冷たく鋭い光が宿っている。
「そのために、忌々しいフォトン社製で統一している。……忌々しいがな」
声には皮肉が混じっていた。彼の掌の中に映るホログラムには、フォトン社のエンブレムが淡く輝いている。それを見つめる表情には、怒りとも嘲笑ともつかぬ色が浮かんでいた。
「そうですね。しかし――作戦です。我慢いたしましょう」
副官の言葉は慎重で、しかしその奥には同じ憎悪が滲む。艦橋の窓越しに、艦長はゆっくりと外の船団へ視線を移した。
広大な宙域に、最新鋭の軍用戦艦が十隻以上。その艦体すべてに惑星マルティラの紋章が描かれ、上には骸骨の印が刻まれていた。漆黒の艦体に浮かぶ白いドクロは、光を吸い込むように不気味な存在感を放つ。
「……悔しいが、最新だけのことはあるな」
艦長は苦々しく呟いた。その目には技術への敬意と、敵から奪ったという皮肉な優越感が入り混じっている。
「しかし、リーダー殿はどのようにしてこの戦艦たちFBVP-17・フラッシェルを手に入れられたのだろうか。それに――FAHR-45・ヴェルカスも数十機も……」
言葉の最後は呆れとも感嘆ともつかない調子で消えた。副官は小さく頷き、静かに口を開く。
「艦長。聞いた話によりますと、マルギッテが軍強化のために尻尾を振ったそうです。その見返りとして送られてきた機体や艦を、リーダー殿が指揮を執り、そのまま“手に入れた”とのことです」
その説明に、艦長はふっと口元を緩めた。ホロディスプレイの光が彼の頬を照らし、冷たい笑みを浮かび上がらせる。
「……なるほどな。さすがだ」
言葉は短かったが、そこには本心からの称賛が滲んでいた。そのまま艦長は椅子の背もたれに体を預け、思索に沈む。
(正体不明のリーダー殿か……不安ではあるが、しかし実力も行動力も、そして統率力も本物だ。伝手も広く、指示も的確。そのおかげで革命の火は焔となり、いまや渦を巻いて星系を呑み込もうとしている。信じるほかない――だが……)
艦長の思考には、わずかな陰が差した。正体不明の存在に、完全な信頼を寄せることはできない。それでも、リーダーの采配によってここまで勢力が拡大したのもまた事実。
(正体がわからぬというのも悪くはない。逆に言えば、誰も掴めぬからこそ、あの方は自由に動ける。狙われることも、裏を突かれることもない)
艦長の唇に、わずかな笑みが戻る。その笑みには不安と期待、そして狂気が混じっていた。
(まあいい……スパイからの報告では、この航路を通ると言っていたな。そろそろ――現れるか)
艦橋の照明が赤から淡い橙へと変わる。外の宙域に、漂うような粒子の揺らめきが見えた。艦長はゆっくりと立ち上がり、ホログラムに映る航路データを見据える。
その瞳に宿るのは、もはや理性ではなく――狩りを前にした獣の光だった。