表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
47/491

救済と崩壊の狭間で

 全ての鉄格子を切断し、閉じ込められていた人々を解放した。だが、歓声はなかった。大多数の囚われ人たちは、まるで期待していなかったかのように、戸惑った目を向けるだけだった。


 理由は――ただ一つ。現れたのが“少女”だったからだ。


 細く、華奢な体。赤いジャケットを纏い、剣を手にしていても、彼らの目には「頼りない子供」にしか映らなかった。


「皆さん、少しそのままでお願いします」


 クロは淡々とそう告げ、すぐに端末を取り出す。


「ギルドと治安局に連絡を入れます。応援が来るまで、ここを離れないでください」


 冷静な声が響く中、一部の者たちが、ざわめいた。動揺、そして疑念。この場を支配する“絶望の後”に訪れた“救い”が、想像とは違っていたというだけで、規律が揺らぎ始めていた。


 ――少女だ。


 ――頼りない。


 ――本当に大丈夫なのか?


 そんな視線が交差し始める。


 だが、クロは気にしない。ただ淡々と、ギルドとの通信を続ける。


「こちらクロ。証拠の証言映像は撮影済みです。地下のインフラ区画には、本来あるべき設備は確認できず、不正施設が設置されています。人身売買の救助者を発見しました。けが人は救出者にはいませんが、“ゴミ”の中に数名、確認済みです」


 即座に、グレゴの声が返ってくる。


 いつもの無愛想な声音に、わずかだが安堵の色が混じっていた。


『よくやった。治安局にも連絡は入れておく。証拠映像を先に送ってくれ。そうすれば、もういちいち許可なんかいらねぇからな』


 思いがけない“労い”の言葉に、クロはほんの一瞬だけ目を見開く。けれど、それ以上の感情は見せず、すぐに平常心へと戻った。


「了解です」


『で、救出者は何人だ?』


「推定で40から50名ほど。重傷者は確認していませんが、“ゴミ”の山に紛れている可能性があります」


 言い終えた途端、通信の向こうのグレゴが低く、鋭く声を落とす。


『……おい。まさか……殺してねぇだろうな?』


 一拍の沈黙。クロは素直に言葉を返す。


「殺してません。でも……今回は、殺してもよかったのではと思っています」


『――バカ野郎ッ!』


 感情のこもった怒鳴り声が、通信越しに響き渡る。


『情報ってのは生きてこそ意味があるんだよ! お前がぶっ壊す前に、“吐かせる”のが先だ!……まったく、よくやったとは思ってるが……お前はほんと、加減ってもんを……』


「……すみません」


 クロの謝罪は短く、静かだった。だがその一言に、グレゴの荒んだ声も、わずかに落ち着きを取り戻していく。


『救助者はそこに居させておけ。外に出ると、万が一の時に対応が遅れる』


「すでに伝えてあります。証言映像を送信しますが、ギルドと治安局が現場に到着するのは、どのくらいかかりますか?」


『30分もあれば着ける。お前がギルドを出たと同時に、治安局には待機をかけてある。向かわせるタイミングは指示済みだ』


「了解です。こちらで待機してます」


 通信を切ると、クロは手元の端末から証拠映像の送信を始める。記録されていた映像は、自動的に圧縮され、ギルド本部へと転送されていった。


 そして、通信が完全に終わったのを確認すると、クロは後ろに控えていた救出者たちに向き直る。


「治安局が来ます。……ですので、ここでおとなしく待っていてください」


 その一言が――引き金になった。


 今までの束縛、その反動なのか。あるいは、救出に来た者が“少女”だったことへの侮りか。理由は明確ではない。けれど、その場に残っていた“緊張の糸”が、確かに切れたのだ。


「家に帰れるんだろ? なら帰せよ! 俺は出るぞ!」


 誰ともなく上がった声。それは火種となり、空気を変えた。


「出してくれ!」


「すぐに帰りたいんだよ!」


「待つ理由なんてないだろ!」


 次々と湧き上がる声が、薄暗い通路に反響する。その言葉に呼応するように、何人かが出口へと足を向け始めた。


 統制は崩れかけていた。“救われた”はずの彼ら自身の手によって。


 クロは言い放った。


「ダメです。ここで待てないなら、こちらも強制手段に移ります」


 だが、その声は波紋を立てた程度にしか届かなかった。すでに何人かの者は制止を振り切り、出口へと向かっている。


 クロの眉がわずかに動いた。


「……痛い目、見たいんですか?」


 言葉とともに、空気がわずかに張り詰める。圧が漏れる。だが――通じなかった。


 長く閉じ込められていた反動か。それとも、相手が“少女”だったせいか。緊張の糸が切れた彼らには、警告すら届かない。


(仕方ない。最小出力で――)


 クロはビームガンを抜き、カートリッジ設定を即座に調整する。狙うは足元、威嚇に過ぎない一射。その引き金にかけた指が、ほんのわずかに動いた――その瞬間だった。


「動くな!!」


 鋭い怒声が、空気を裂いた。


 声の主は、大人しくしていたはずの男。出口付近には、もう一人の男が控えている。


 腕を掴まれていたのは、中年の女性。彼女もまた、同じように檻に閉じ込められていたはずの一人だった。


 だが今、その肩にビームソードの刃が触れている。逃げるどころか、完全に捕らえられていた。


 クロの指が止まった。


 狙っていた足元も、警告の一射も、すべてが意味を失う。


 ビームガンの銃口は、空しく静止したまま。


 状況は一変した。収束の兆しなど、もはやどこにもない。


 より悪い方へと、流れが反転していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ