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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
地獄の惑星。バハムートが選ぶ未来
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ゲートキャンセル

「言霊ってあるんですよ。こういうふうに」


 クロの呟く前から、艦内には低く唸るような警告音が鳴り響き、赤い警戒灯が点滅していた。にもかかわらず、クロはソファーに腰を下ろしたまま、まるで嵐の中心に座るような静けさを保っていた。


『ゲートキャンセラー確認! 通常空間に引っ張り出される! 抵抗してるが無理です!』


 焦りの滲むポンの声がスピーカー越しに響く。船体がわずかに軋むような振動を伝え、青と紫の光がウィンドウの外で乱れる。ゲート内部の流動光が波紋のように歪み、空間がその縁から剥がれ落ちていくようだった。


 アレクが即座に立ち上がる。


「社長! 俺はブリッジに行く!」


「ええ。エルデは大丈夫ですが、一応準備をしてファステップで待機。――クレア、行きますか」


「はい、クロ様」


「わかったっす!」


 クレアが軽やかにクロの肩に飛び乗り、エルデはソファーにかかるジャケットに袖を通し軽く整え、小さく息を吐く。クロは立ち上がり、短く息を整えた。


「アレク、通常空間に出たら私とクレアの本体を“緊急モード”でクーユータから発艦させてください。クレアは艦の護りを。エルデは手が足りないとき、出られるように準備を」


「わかりました!」


 アレクは即座に端末を操作し、指先で複数のウィンドウを展開する。アンとタンの通信ラインを確立し、ブリッジへの集合指示を送った。緊急管制の灯が端末上に流れ、ホロウィンドウが赤く染まる。


「ここはさすが手馴れてますね」


 クロはその動きを見て、うんうんと頷いた。混乱を見せない冷静な対応――それは元ハンターとしての勘と、彼が再び取り戻した自信の証だった。


「自分もクーユータの貨物室に行って準備してるっす!」


「恐らく出番はないですが、念のためですので」


「わかってるっすよ!」


 エルデが笑みを残して駆け出すと、クロも転移の気配を纏いながら立ち上がった。その足元に淡い光が広がり、空間が静かに揺らぐ。


 次の瞬間――クロの姿は、光の粒となってリビングから掻き消えた。


 転移の先は、クーユータ下部格納庫。艦の半分を占める巨大な格納庫には、クロとクレア、それぞれの“本体”が固定アームで支えられ、静かに鎮座していた。漆黒の装甲のような皮膚は無機質な照明を鈍く反射し、ただそこに在るだけで空気に重圧を与える。その存在感は、まるで眠る神々が目覚めを待っているかのようだった。


 クロとクレアは、それぞれ自らの本体へと浮かび寄る。疑似コックピット内部――中央に立つモノリスの表面には、微かな光が脈打っていた。その溝に体を合わせた瞬間、モノリスはゆっくりとクロを支えるように形を変え、まるで椅子のように包み込む。そして意識が静かに溶け合うように、本体であるバハムートへと繋がっていった。


「ヨルハ。今回は出番がないと思いますが、これも大事なことだ。艦の護りを頼むぞ」


 バハムートの口から発せられた声は、深く響き渡り、格納庫全体に共鳴する。同時に、クレアもモノリスに身を預け、意識をヨルハへと重ねた。次の瞬間、ヨルハの口から静かに声が漏れる。


「お任せください、バハムート様」


 クレアが頷いた瞬間、艦内通信が開いた。アレクの声がノイズ混じりに響く。


『社長、もうすぐ通常空間にキャンセルされる! 最新のMQEでも振り切れなかった……恐らく敵は多い!』


 クロはすぐに反応した。


「距離はどの程度離れてると予測します?」


『恐らく数キロ以内だと思う。直近だとゲート出現時に接触の危険があるから、ある程度の距離を取るのがセオリーだ。だが、出た瞬間に集中砲火を浴びる可能性もある』


「なら、先に私だけ出ます」


 短い間。通信の向こうでアレクが息を呑んだのがわかった。


『危なすぎます! まだ擬似ゲート内です! 下手したら一気に本艦との距離が開く可能性もありますよ!』


「同じ速度で進めばいいだけでしょう。――下部ハッチを開けて、固定アームも外しておいてください」


『……了解です、しかし――』


 アレクの声に逡巡が混じる。その瞬間、通信の向こうから別の声が割り込んだ。


『心配しすぎです、アレク。クロ様――いえ、今は“バハムート様”を信じなさい!』


「そういうことだ」


 クロが短く応じると、その声音が一変した。空気が震え、低く響く――それは、アレクたちがこれまで一度も聞いたことのない声だった。


『……この声は……』


「俺の本当の声だ。今はクロを通して出しているがな」


 艦内に広がるその声は、金属を震わせるような重厚さを持っていた。圧倒的な威圧と静かな威厳。まるで宇宙そのものが応答しているかのように、空気が微かに唸る。


 そして再び、クロの声へと戻る。柔らかく、しかし芯の通った響きだった。


「――そういうことです。私たちは普通と違う。慣れてください、アレク」

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