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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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贖罪の航路

ノアの外伝を本日19時より開始いたします。

本編の裏側でノアがどのように動いていたのかを描く物語です。


不定期更新とはなりますが、もしよろしければこちらもお楽しみいただければ嬉しく思います。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 ランドセルは、ゆっくりとした推進音を響かせながらクーユータの上部へと降下していく。姿勢制御スラスターが細かく噴射し、船体の角度をわずかに修正。コロニーの照射板からの光が船体の曲線を滑るように反射し、まるで二隻が互いに呼応しているかのようだった。


 ホロディスプレイ上にはドッキングガイドラインが幾重にも重なって表示される。緑の誘導ラインが完全に重なった瞬間、エルデが声を上げた。


「位置、固定っす。ランドセル、クーユータ上部ドッキングポートに進入開始!」


 その声に、ブリッジの空気がわずかに張り詰める。ゆっくりと、だが確実に――ランドセルがクーユータの背部ドッキングスペースへと降下していく。光沢を帯びた艦体が互いに近づき、わずかな接触音とともに“かちり”と固定具が噛み合った。


 接続完了の瞬間、格納式の固定アームが展開され、ランドセルをがっちりとロックする。そのまま艦体全体が静かに沈み込み、タラップ部がぴたりと接続された。視覚モニターには、接合部分から流れ込む青い電流のようなエネルギーの光が走る。クーユータとランドセル――二隻の艦が、ひとつの生命体のように同調していくのがわかった。


 艦体の背部に並ぶ六基の微量子推進機構(MQEスラスター)が、ランドセル側のユニットと完全に同期する。それぞれの推進波形が一致した瞬間、艦全体の重心がひとつの座標に統合され、操艦システムが再構築された。クーユータの艦橋とランドセルのブリッジがひとつに接続され、両方のホログラムが統合制御画面として重なり合う。


「よし、オートドッキング完了っす! 操舵系、ランドセル側に譲ったっす! クロねぇ、向こう行くっす!」


 エルデの報告に、クロは小さく頷いた。微かな振動が収まり、艦内の重力制御が安定する。クーユータのブリッジからランドセルのブリッジへ、二人は通路を歩いて移動していく。


 艦内照明の明滅が、連結通路の壁を青白く照らす。空気の流れが変わり、わずかに新しい気圧調整音が響いた。クロは歩きながら、自分の胸の奥が不思議と静かに高鳴っているのを感じた。新たな星系での初めての長期依頼。どのようなことになるのか、少しわくわくしていた。


 ランドセルのリビングに入ると、すでにクレアと、クレアを頭に乗せたアレク、そしてアンとタンの三人が揃っていた。それぞれの表情は、驚きと混乱の狭間で固まっている。


「社長! ちょっと、この戦艦と輸送艦……なんなんです? ドッキングするし、このリビングってどういう構造なんです!? しかもこの輸送艦、もともと軍用ですよね!?」


 アレクが早口でまくしたて、アンが眉を寄せながら続く。


「クーユータを整備したときから、変な構造だとは思ってましたけど……まさかドッキング用の可変機構が仕込まれてたなんて!」


 タンも腕を組んで、半ば呆れたように肩をすくめる。


「いやいや、さすがにこれはおかしいですよ、社長! バハムートでも、こんな芸当は聞いたことありません!」


 クロは思わず小さく笑みを漏らした。想定済みの反応ではあったが、三人の慌てぶりがあまりに人間らしくて、頬がゆるむ。


「説明しますから、まずは落ち着いてください」


「そうです。クロ様に失礼ですよ」


 クレアが威厳たっぷりに言い放ち、アレクの頭の上で前足をぺしぺしと叩き始めた。ぽふ、ぽふ、と乾いた音が響き、アレクが情けない声をあげて頭を押さえる。


「ちょっ、副社長! 痛い痛い、やめっ、やめてくださいって!」


 クロは苦笑しながら、クレアの動きをそっと止めた。


「はいはい、そこまでにしましょう。クレア、あまり叩くとスカーフがズレますよ」


「……反省してるようなので、今回は見逃します」


 鼻を鳴らしてから、クレアはアレクの頭からクロの肩へと軽やかに飛び乗った。その動作には、小さな威厳と満足が混じっている。


「とりあえず、その話はポンにもしておきましょう」


 クロはそう言いながら、落ち着いた動作でリビングのソファーに腰を下ろした。手元の端末で通信を開き、ブリッジのポンにリンクを繋ぐ。次の瞬間、ホロディスプレイが光を放ち、ポンの姿が映し出された。


 全員がソファーに腰を下ろすと、クロは穏やかに指示を出す。


「エルデ、お茶をお願い。ポン、ブリッジの後ろの冷蔵BOXに入っているはずです。それを使ってください」


「了解っす!」

『……そんなものが、あったんですか。あ、でも、ノンアルコールのビールが多いですね……?』


 ポンの呟きに、クロは思わず笑いをこぼした。


「それは無視しておいてください。お父さんの私物ですね。お茶やジュースも――恐らく少ないですが、あるはずです」


『わかりました……しかしブリッジにノンアルでもビールって……』


 ため息まじりの声に、アレクがくすりと笑う。


「シゲルさんらしいといえば、らしいか……」


 その言葉に、場の空気がふっと和らぐ。ブリッジの冷ややかな光と異なり、リビングの照明はどこか家庭的な温かみを帯びていた。テーブルを挟んで座る面々の姿が、静かな呼吸とともに落ち着きを取り戻していく。


 湯気の立つ音。エルデが用意したお茶に、タンが手際よく手を貸していた。湯呑がひとつずつ運ばれ、クロたちの前に置かれていく。淡い琥珀色の液面が光を受けてきらめき、ほんのりと香ばしい香りが漂った。


 クレアのための深皿にも、きれいな水が注がれている。クロの肩にいたクレアが静かに飛び降りてテーブルの前に座り、水面を覗き込んだ。鼻先を近づけると、表面に微かな波紋が広がる。リビングの空調が穏やかにその波を揺らし、誰もが一瞬だけ無言になった。


 クロは湯呑を手に取り、ゆっくりと口をつけた。渋みとほのかな甘さが舌に広がり、喉を通る瞬間に温もりが広がっていく。一息ついてから、湯呑をそっと置き、穏やかに口を開いた。


「さて、どこから話したらいいですかね……」


 その声音には、どこか懐かしさが混じっていた。クロの目がゆっくりと遠くへ向かう。


 静かな空気がリビングを包み、湯気の立つ湯呑の香ばしさが時間の流れをやわらげていく。クロは小さく息を吸い、静かに語り始めた。


 ――ランドセルを手に入れた、そのときのこと。


 ――そして、クーユータという戦艦を“報酬”として受け取った日の記憶。


 その語り口は淡々としていながらも、ひとつひとつの言葉に確かな実感が宿っていた。彼女はクーユータの出所についてはあえて伏せたが、そこに込められた意図を誰もが感じ取っていた。


 語り終えると、クロは軽く息を吐き、湯呑をテーブルに戻した。


「……ということです」


 静寂が数秒だけ流れる。アレクが手元の湯呑を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……俺たちが腐ってる間に、そんなに動いていたなんて……」


 その言葉に、アンもホロディスプレイに映るポンもタンも視線を落とし、静かにうなずいた。かつての後悔と、今の誓い――その両方が、短い沈黙の中に詰まっていた。


 クロは穏やかに微笑むと、背筋を正して告げる。


「まあ、今は“贖罪の時間”です。私のために、じゃんじゃん働いてください」


 冗談めかした口調ながら、その瞳には確かな意志が宿っていた。その視線を受け、アレクたちは自然と姿勢を正す。


「というわけで、ローテーションでドリーム星系へ到着するまでの間、必ず一人はブリッジに常駐してください。アレク、無理のないように四人で回せるよう調整を。それと――エルデ」


 呼ばれた名に、エルデが背筋を伸ばす。


「はいっす!」


「あなたはこの四人から、“正しい方のハンター”としての教育を受けてください」


 クロの口調はやわらかいが、その言葉の裏には確かな重みがあった。


「わかったっす。アレクさんたち、よろしくっす!」


 エルデが元気よく頭を下げると、アレクたちもすぐに立ち上がって応じた。


「わかりました。頑張ります」


 その様子に、クロが軽く口角を上げる。


「ちなみに――エルデには変なことはしないように」


 その言葉に、アレクたちの顔が一斉に引きつる。


「や、やめてください……! 反省してるんですから、もうしません!」


 アレクが頭を抱えるように弁解すると、エルデは小首を傾げてぽつりと呟いた。


「変なことって……漫才っすかね?」


 その斜め上の答えに、場の空気が一瞬止まり――次の瞬間、クロの笑いが静かにこぼれた。


 クレアも尻尾を小さく揺らし、リビングには穏やかな笑いが満ちていく。


 ――その静かな笑い声が、長い航海の始まりを告げていた。

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