表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
464/476

コロニー中華と小さな満腹

ノアの外伝を本日19時より開始いたします。

本編の裏側でノアがどのように動いていたのかを描く物語です。


不定期更新とはなりますが、もしよろしければこちらもお楽しみいただければ嬉しく思います。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 スミスはおしぼりを丁寧に折りたたみ、テーブルの端に置いた。その手でホログラムメニューを立ち上げる。メニュー画面に料理の画像がずらりと並び、温かみのある光がテーブルに反射した。


 他の客が注文し構成される料理の湯気が、わずかに空調の気流に混じり、店全体を満たしていく。人工空気の乾いた匂いに炒め油と香辛料の濃厚な香りが重なる――コロニーの中華屋ならではの、どこか懐かしい空気だった。


 スミスは画面を眺めながら腕を組む。メニューにはラーメンのスープだけでも二十種類以上のバリエーションが並んでいた。


(……塩か、味噌か、いや、ここはやっぱり醤油だな。組み合わせ次第で無限に悩める)


 サングラスの奥で目に楽しげな光が揺れる。


 一方、ウェンは餃子か春巻きかで指をさまよわせ、あれこれ比較している最中だった。一度天井を見上げて考えを整理し、再びサイドメニューに顔を落とすと、無意識に思考が口をついて出る。


「餃子の食べ比べ……いや、春巻きの方のパリパリ感も捨てがたい……」


 その呟きに、クレアがぴくりと耳を動かした。まるで「パリパリ」という単語にだけ反応するように。


 アレクはといえば、メニューの一角――酒類の項目で視線を止めたが、数秒の沈黙のあとで静かに首を振る。代わりにラーメンと半炒飯を選び、テーブル脇の給水機に向かって動き出す。銀色の蛇口から透明な水が流れ出し、金属のコップが次々と満たされていく。静かな水音とともに、コロニー特有の低い機械音が混じる。その響きが、人工的な天井の共鳴板をくぐって店内に柔らかく広がっていった。


 クロはそんな様子を微笑ましく眺めながら、クレアの分のメニューを探していた。


「クレアは、お肉がいいんですよね?」


 呼びかけに、クレアは勢いよく首を縦に振る。豆柴ほどの身体に似合わぬほど全力で、尻尾がぶんぶんと揺れていた。その動きは、まるで尻尾そのものが「はい、はい、はい!」と元気に返事しているかのようだ。


「でも、野菜も取らないといけませんね」


 クロがわざとらしく意地悪そうに言うと、尻尾の動きがぴたりと止まり、耳がしゅんと伏せられる。クレアは小さく鼻を鳴らし、視線をテーブルの端に落とした。その分かりやすい落胆に、スミスとウェンがほぼ同時に吹き出す。


 温かな笑いがテーブルの上を転がるように広がり、場の空気が一気に柔らいだ。


 そんな中、クロは静かにメニュー画面をスライドしながら、心の中で味を組み立てていた。


(今日は……塩だな。麺は卵麺の縮れ。太さは標準。焼豚は二枚、ネギは白髪で、メンマは少なめ……ネギ油をほんの少し足して。卵は今回は無し)


 画面の光が瞳に映り込む。思考の中で一杯のラーメンが形を成していく感覚は、戦闘前に機体を調整するような緊張感と似ていた。


 そして、視線を横に移すと――沈み込んだままのクレアが、まだ少し不満げに尻尾を揺らしている。


(……クレアには、ラーメンはまだ早い。でもスープを少しだけなら。焼豚を刻んで、麺もほんの少し……それくらいならいけるかもしれない)


 そう考えた瞬間、クロの顔にふわりと笑みが浮かぶ。


 席を立つと、スミスが眉を上げた。


「どうした?」


「いえ、店主に少し相談がありまして」


 クロは軽い調子で答えると、カウンターへと歩いていく。厨房の奥では、年季の入った調理器のメーターを微調整しながら、メインプレートを投入して味のバランスを取る店主の姿があった。空気中に漂う油の匂いと香辛料の刺激が、まるで食欲を直接くすぐるように漂っている。


 クロがカウンターごしに立ち、大将に小声で何かを囁いた。店主は一瞬「え、犬用か?」とでも言いたげな表情を見せたが、すぐに苦笑して頷く。そして手際よく端末に指示を入力しながら、


「任せとけ」


 と力強く言ってくれた。


 席へ戻るクロを見て、スミスが不思議そうに問いかける。


「何を話してたんだ?」


「秘密です」


 いたずらっぽく微笑みながら答えるクロに、スミスは肩をすくめた。


「ま、どうせロクなことじゃねえな」


 ウェンがくすっと笑い、クレアは尻尾を揺らして上機嫌に喉を鳴らす。


 全員の注文を終えたところで、店主のほうから「はいよ!」と元気な声が飛ぶ。


 直後、厨房の奥から調理器の音がまた一段階あがったようになり、スープや油の匂いが漂っていた。それはまるで――戦闘前のエンジン始動音のようでもあった。


 他愛のない話を楽しみながら団欒していると、ほどなくして自動配膳ロボが静かな駆動音を響かせながら近づいてきた。機械特有の低い電子音が床に伝わり、ステンレスの脚が滑らかに動く。その背後のトレーには、湯気を立てた料理が整然と並んでいる。


 ロボットが軽く回転し、背面を向けると、ウェンとクロが自然な手つきで皿を受け取り、次々とテーブルに並べていった。その動作は、もはや日常の一部のように手際が良い。


 スミスの前に置かれたのは――醤油ラーメン。これでもかというほど盛られたもやしとネギが山のように積まれ、湯気の奥から香ばしい醤油の香りが立ち上る。隣には半炒飯。卵とチャーシューが黄金色に輝き、わずかに焦げた香りが食欲を刺激する。


 ウェンの前には、味噌ラーメン。その上には山のような焼豚が円形に並び、春巻きが二本、皿の端に添えられていた。立ち上る湯気に油膜が光を反射し、まるで芸術品のようだ。


「また二人とも極端ですね」


 クロの苦笑混じりの声に、二人は同時に首をかしげる。


「これがうまいんだろ」


「そうだよ、肉は多い方がいいしね」


 まるで当然の理屈だと言わんばかりの顔で、クロを見る。そのやり取りにアレクは苦笑しつつ、自分の前に運ばれた皿へ目を落とした。


 牛骨ラーメン――具なし。澄み切ったスープに縮れ麺が沈み、香りだけが静かに鼻をくすぐる。隣には半炒飯。そのあまりに潔い組み合わせに、ウェンが思わず口を開く。


「え、罰ゲーム?」


 アレクは首を横に振り、穏やかに答える。


「俺は、ラーメンはスープと麺だけって決めてるんです。それが一番、味を純粋に楽しめると思うので」


 そう言ってスープをひと口。鼻から抜ける香りに目を細め、満足げに息を吐く。


「ふぅ……やっぱり、これが一番だ」


 こだわりを語る彼を見て、クロはやや呆れたように笑みを浮かべた。


「皆さんが尖り過ぎだと思うのは、私だけですかね」


 そう言いながら、クレアの前に唐揚げと焼売を置く。そして――小さな深皿に注がれた“ミニミニミニサイズの醤油ラーメン”。湯気が立ちのぼるそれを見た瞬間、クレアの目がまん丸になった。


「クロ様!」


 思わず声を上げたクレアに、クロは指先を口元に立て、静かに微笑む。


「特別に頼みました。……今はそれで我慢ですね」


 クレアは一瞬だけ顔を輝かせ、次の瞬間、誇らしげに胸を張った。


 そう言うとクロは自分の塩ラーメンと炒飯を受け取り、テーブルに静かに並べた。その瞬間、自動配膳ロボが軽く電子音を鳴らし、整った所作で一礼するように身を傾ける。そして駆動音を残して厨房の奥へと滑るように戻っていった。


「いただきます」


 クロが両手を合わせると、テーブルの空気がぴたりと落ち着く。それにつられるように、クレアも前足を揃えて小さく頭を下げ、目を輝かせながら食事に取りかかった。


 湯気の向こう、スープをすくう音、麺をすする気配、皿の上で箸が触れる小さな音が重なり合い、心地よいリズムを作る。それは戦いや任務とは無縁の、穏やかな時間の音だった。


 クレアは丁寧にひと口ずつミニミニミニラーメンを食べ進め、最後の一滴まで名残惜しそうに舌で追った。そして空になった皿を前に、しばしじっと見つめる。


 クロはそんな様子を見て、思わず笑みをこぼした。


「また今度、もう少し多めに頼みましょうか」


 そう言いながら箸を軽やかに動かす。塩スープの澄んだ香りがふわりと漂い、クロの頬に穏やかな温もりを落としていった。


 その横で、クレアは尻尾を静かに揺らし、満足そうに目を細める。その表情は、言葉にせずとも“おいしかった”と伝えていた。


 ――そんな穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ