中華一筋での昼食
買い物を終え、武器の受け渡し確認をしていたウェンが振り返る。
「商品はクーユータの方に送っておけばいいの?」
クロは素直に頷いて返す。
「お願いします。では――次の店に行きますか」
そう言ってロック・ボムの自動ドアに向かおうとしたその時、背後から声が飛ぶ。
「ちょっと待った! もうすぐお昼でしょ? ご飯にしようよ、いつもの店に行こう中華一筋!」
楽しげに提案するウェンに、スミスがすぐに乗っかる。
「いいな。ラーメンでも食うか。クロ、アレクも……クレアは難しいか」
スミスの問いに、クレアはきょとんと首をかしげてから、真剣な顔で答えた。
「ラーメンとは? それに中華とは何でしょう? ご飯というのは理解していますが、肉さえあれば私は満足です」
その自信満々な宣言に、クロはくすりと笑う。
「クレアには、まだラーメンは早いかもしれませんね。炒飯や餃子なら……たぶんいけますけど。ただ……」
そこで言葉を濁したクロに代わって、アレクが事情を察して付け加える。
「犬が入店できるかどうかってことですね」
その瞬間だった。
「私は誇り高き狼ですッ!!」
クロの肩から跳び上がったクレアが、アレクの頭に飛び乗ると、前足でぺしぺしと容赦なく連打を浴びせる。小さな牙をむき出しにして怒っていた。
「す、すいません副社長!」
痛みはさほどでもなかったが、さすがに立て続けの失言にアレクは頭を下げる。
その様子を見ていたスミスが、呆れたように一言。
「クレアが副社長……この会社、大丈夫なのか?」
それに対し、クロはあっさりと答える。
「正式な法人ではないので大丈夫です。それよりクレアが大丈夫かが心配ですね」
クレアはまだアレクの頭に乗ったままだが、前足のぺしぺしは少し収まってきた様子だった。
スミスは肩をすくめながらも、クロに向かって保証する。
「俺から言っておいてなんだが大丈夫だろ。あの店、俺の馴染みの場所だからな。俺が話せば入店許可くらい取れる。行こう」
そう言いながらサングラスを押し上げて歩き出す。
その横で、ウェンがアレクを指差しながらクロに問いかける。
「……あれ、ほっといていいの? ずっと叩かれてるけど」
「いいです。そのうち来ますから」
「……そっか。ならいいけど」
「よし、クロ、ウェン。行くぞ。アレクも来いよ」
スミスがそう声をかけて店を後にする。営業中の札を昼休憩中に切り替え、ロック・ボムの自動ドアが音を立てて閉まった。
その少し後ろを、頭にクレアを乗せたまま、アレクが小さく項垂れながら三人のあとを追っていった。
四人と一匹がたどり着いたのは、年季の入った中華料理店――《中華一筋》。
先に店へと入ったスミスは、慣れた調子で店主とひと言ふた言交わすと、すぐにクレアの同伴許可を取りつけてくれていた。
外で待っていたクロが振り返ると、そこには、まだ頬をふくらませて怒っているクレアと、頭をぺしぺしと叩かれすっかり疲れ果てたアレクの姿があった。
「クレア、もういいでしょう。アレクも反省してると思いますし」
クロが柔らかく声をかけると、クレアはぴたりと動きを止め、頭から飛び降りてクロの肩に着地した。背筋をしゃんと伸ばし、胸を張る。
「では、聞きますが――アレク、私は?」
その問いに、アレクはすかさず姿勢を正し、真剣な面持ちで答えた。
「誇り高き狼です。副社長」
「よろしい」
満足げに鼻を鳴らすクレア。その尻尾がぶんぶんと揺れているのは、空調から漂ってくる中華料理の香りに反応しているのだろう。
クロがそんなクレアの頭をそっと撫でながら小声で促す。
「そろそろ静かにしましょうね」
クレアはこくんと頷いたものの、尻尾の動きだけは収まる気配がなかった。
そこへスミスが店内から戻ってくる。
「通してもらえることになった。食事も大丈夫だ。ちゃんと礼を言っておけよ」
「ありがとうございます」
クロは素直に頭を下げ、ウェンとアレクが先に店内へと入っていく。クロはクレアと共にその後に続いた。
カウンターの向こうでは、店主と店員の女性が迎えてくれた。
「ありがとうございます。クレアは大人しい子ですので、今後ともよろしくお願いします」
そう言って再び頭を下げるクロに、店主は手元で中華鍋を振りながら笑い返す。
「おう、スミスのツレなら歓迎だ。好きなだけ食ってけ!」
その言葉に笑みを返し、クロたちは奥のテーブル席へと向かう。
「スミスさんも、本当にありがとうございます」
席に着いたクロが礼を言い、クレアを隣に座らせると、クレアも小さな声で、
「ありがとうございます」
ときちんと頭を下げた。その様子にスミスはにやりと笑い、サングラスを外して言う。
「気にするな。ここの中華は絶品だ。クレアだけ除け者にするのは、さすがに気が引けるからな」
そう言いながら、おしぼりで手を拭き、ついでに顔までしっかり拭ってしまう。
ウェンがやや呆れたように眉をひそめた。
「もう、それ毎回言ってるけどさ。顔はやめようよ……」
「いや、無理だな。これがここで飯を食うときの儀式ってもんだ」
そう言い切るスミスに、クロはふっと微笑を浮かべる。湯気と共に漂う中華の香りが、転生前の遠い記憶を呼び起こした。
(……そういえば、やっていた。おしぼりで顔を拭くのが当たり前のように)
懐かしさが胸をよぎり、思わず小さく頷く。
「……わかりますよ。実は、けっこう気持ちいいんですよね」
「だよなぁ?」
サングラスをかけ直しながら、嬉しそうにうなずくスミス。
「アレクさんは……しないよね?」
ウェンが振ると、アレクは少し間を置いて、静かに答えた。
「……昔はやってました。でも、今はやりません。これは、自分なりのけじめなので」
そう言いながらも、どこか手の動きが名残惜しげなのは、誰も指摘しなかった。