武器と本来の目的
真顔で叫んだ父の声に、ウェンはぽかんと口を開けたまま目を丸くした。その反応が面白かったのか、クロはくすりと笑みをこぼす。
そして、懐から端末を取り出すと、画面を開いて何やら器用に文字を打ち始めた。
「使ってて面白いという意味では、これほど適した武器はありませんよ。まあ、売るよりは……護身用にでもどうぞ」
さらりとそんなことを言いながら、カタカタと打ち終えたデータをそのままスミスの端末へと送信する。受け取ったスミスが画面を見ると、そこには――ずらりと画面を埋め尽くす長文。それも、ただの説明書きではない。
「……これは、なんだ?」
「セーフティを外す呪文です。音声認識式なので、正確に詠唱しないと解除されません。途中で噛んだら、最初からやり直しです」
クロは当然のように言ってのけた。
スミスはしばらくその文章を無言で見つめ――深く、重く、息を吐いた。
「セーフティとしては……いや、過剰なくらい十分だな。むしろ、これをわざわざ口に出して言うという行為が最大の抑止力だ」
画面を閉じながら、わずかに眉をひそめて呟く。
「これじゃあ、使う気にもならんし……売るのも気が引ける。こいつは、家宝として倉庫の方にしまっておくさ」
肩をすくめるスミスに、ウェンがすかさず乗ってくる。
「えー、でもちょっとくらい試してみたくなるっしょ? 特にクロの鱗の強度って、気にならない?」
ウェンが目を輝かせながらそう言うと、スミスは即座に手を振って遮った。
「気にはなるが、そのための施設なんてない。諦めろ」
その声は、思わず実験道具を買いそうな娘への本気の牽制だった。
そして、ひと息ついたスミスはサングラスを押し上げると、改めて視線をクロへと向ける。
「さて……脱線はここまでにしておこう。お前、謝罪以外にも目的があったはずだろ?」
スミスの声が響いた瞬間、室内にわずかな笑いの余韻が残った。重かった空気が、すっと溶けていく。その流れに乗るように、クロは「あっ」と小さな声を漏らし、恥ずかしそうに頷いた。
「そうでした。つい楽しくなってしまって、本来の目的を忘れてました」
頬を指先でかきながらも、クロはすぐに本題へと切り替える。
「今回は、アレクたちの武器を買おうと思ってまして。もしくは、以前そちらに引き取っていただいた物の買い戻しという形でも構いません」
その言葉に、アレクが驚いたように身を乗り出す。
「えっ、いいんですか?」
素直に問いかけるアレクに、クロは優しく頷いた。
「もちろんです。さすがに丸腰のままでは、この先の依頼で不安ですし……何より、エルデの指導役としてもアレクたちには動いてほしい。それにいざとなった時、武装が無くて命を落とされるなんてことになったら、洒落になりませんからね」
その言葉にウェンとスミスも頷き、自然と空気が引き締まった。
「というわけで――買い物です」
クロが宣言するように言うと、ウェンは嬉しそうに両手を打った。
「さっすがクロ! 好きなだけ買っていってね!」
一方、スミスは腕を組みつつ静かに言葉を返す。
「そういうことなら、前に買い取った武器は全部、メンテして売りに出せるように整えてある。バックヤードに保管してあるから、必要なものを選べ」
そして、ふとアレクに目を向け、サングラス越しの視線を落ち着いた口調でぶつけた。
「ちなみに、トゲとかドクロとか――あの辺の悪趣味な装飾は全部外してあるが、構わねえな?」
アレクは苦笑しつつも、素直に頷いた。
「ええ、それでお願いします。あれは……ちょっと今では恥ずかしいので」
スミスは微かに口角を上げ、満足げにうなずいた。
「よし。ウェン、お前は先に店に戻って準備してろ。必要な武器を並べておけ」
「了解っ!」
元気よく返事をして、ウェンは小走りで試射室のドアへ向かっていく。
その背を見送りながら、スミスはあらかじめ釘を刺すように言葉を加えた。
「なお、割引はしない。……そこは最初に言っておくぞ」
それに対し、クロはあっさりと頷いた。
「構いませんよ。必要な対価は、きちんと払います」
そのやりとりを最後に、一行は試射室を後にする。扉が閉まり、静寂が戻った室内には、整然と並ぶ武器だけが残されていた。慈愛剣と、星獣シリーズ。まるで眠る宝物のように、ひっそりと佇む。そして、それらが秘める未知の力だけが、薄暗い室内に名残のように漂っていた。