慈愛剣と影の剣
そうして、一通りの武器を見終えたスミスが、不意に口を開いた。
「――星獣シリーズと、慈愛剣ヒーリング。貰ってもいいか」
唐突な申し出に、ウェンが素っ頓狂な声を上げる。
「星獣シリーズはまだ分かるけど……えっ、慈愛剣!? 本気で?」
彼女はスミスの方を振り返り、その表情には完全に理解不能と書かれていた。
「星獣シリーズは分かるよ。この中で一番まともで、ちゃんと使い道もありそうだし……でも、あの癒しの剣って武器として意味ないじゃん! どうするの、それ!」
そう言いつつ詰め寄る娘を、スミスは軽く無視して代わりにクロへと視線を向けた。
「クロ。この慈愛剣……どう使うんだ」
スミスの問いに、クロは笑みを浮かべながらあっさりと答える。
「簡単です。無機質な地面に突き立てれば、その周囲――およそ半径三十メートルほどが癒しの領域になります」
「……癒しの領域?」
「はい。ただし条件があります。この慈愛剣ヒーリングは、その名の通り、慈愛の心を持った者が、同じように慈愛を向けられる相手のために使ったときだけ効果を発揮します」
クロの説明を聞いたスミスは納得したように頷き――次の瞬間、ふと何かに気づいたように表情を険しくした。
「……ちょっと待て。それって――」
言葉を切り、考えを巡らせる。彼の脳裏に浮かんだのは、チーム運用時の最悪のパターンだった。
「仮にだ。チームの中に裏切り者がいた場合……その相手には、慈愛の心が届かない。つまり癒しの効果が出ないってことだな」
「え?」
ウェンが間の抜けた声を漏らす。アレクも眉をひそめ、スミスの言葉の意味を飲み込もうとしていた。
「もっと言えば、不和を抱えたチームだった場合、癒される者と癒されない者の差が露骨に出る。最悪、トラブルの火種にすらなる」
「げっ……」
ウェンが顔をしかめ、アレクは苦々しい顔で無言になる。そして――クロだけは楽しげに口元を緩めていた。
「そこまで説明すれば……流石に気づきますよね。面白いと思いませんか? 一見仲良しチームに見えて、実はギスギスしてる関係だった時。この剣を使えば――誰が仲間思いじゃないかが、露骨にバレてしまう」
その愉快そうな語りに、クレアがすかさず反応する。
「クロ様……」
小さな前足が、ちょんちょんとクロの頬を叩く。穏やかな制止のしぐさだ。クロはされるがままに目を細め、肩をすくめてみせた。
「……良いじゃないですか。あの頃、本当に暇だったんですよ。もう思いついたことは全部やってみようって気分で、ひたすら遊んでた時期だったんです」
クロはどこか懐かしむように微笑を浮かべた。その声音に漂う軽やかさは、次の瞬間――空気を変えた。静寂。ふいに場の温度が下がったような感覚と共に、クロがそっと手を掲げ別空間を展開する。そこから取り出されたのは、慈愛剣。そして、それを納める鞘と専用の台座だった。同時にクロは他の武器――星獣シリーズ以外のすべてを静かに別空間へと仕舞っていく。
「この台座ごと地面に突き立てれば、ちゃんと効果が出ます。……使う予定がないのなら、倉庫の隅にでも置いておいてください」
慈愛剣の鞘を軽く撫でながら、クロはさらりとそう言った。その声音に悪意はない。だが、それはどこか――何かを含んだ声音だった。
スミスはわずかに眉をひそめる。少し妙な武器を選びすぎたか? そう思いかけた瞬間、ふとある違和感に気づいた。
(……五本、だったはずだが)
視線を落とし、星獣シリーズの武器を改めて確認する。しかしそこには、確かに六本目――見覚えのない異質な剣が混じっていた。
「……なんだこりゃ」
スミスは思わず息を呑んだ。黒。刃全体が漆黒に染まり、鈍く光を吸い込んでいるようだった。柄の根元には、口を開けたドラゴンの顔が彫られている。その彫刻は今にも咆哮を放ちそうな迫力で――鍔の部分は鋭く反った翼の意匠。それもまた、まるで生きた魔物のように不気味な気配を放っている。
星獣シリーズに共通する神秘的な威厳とは一線を画す、禍々しさ。その剣だけが、異質だった。
「おい、クロ……これは?」
問うスミスに対し、クロはまるで当然のように――ほんの少しだけ得意げな表情を浮かべ、答えた。
「シリーズには影がつきものです。そしてその影は、敵か――もしくは、対となるライバルが持つものです」
クロはすべての武器を仕舞い終えると、ひと息ついて、その黒の剣を両手で持ち直した。そして、語る。
クロは剣を軽く持ち上げ、その刀身を撫でるように眺めながら、さらりと口にした。
「これも、そのひとつ。星獣シリーズの影。名前は――星獣バハムートです」
場の空気が一瞬、静止する。まるで愛おしげに黒の刀身を撫でながら、クロは続けた。
「この剣は、すべての星獣シリーズを凌駕します。合体して放つ星獣バスターの一撃よりも、単体でのこの剣のほうが――上です」
「は……?」
スミスが思わず固まる。眉がぴくりと動き、そのまま動きを止めた。
(星獣バスターって……あの山に穴を開けるっていってたもの以上って……どういう理屈だ)
スミスの沈黙を気にも留めず、クロはさらに言葉を重ねる。
「もちろん、星獣シリーズにも合体もできますよ。お約束ですから」
そう言いながら、頬をぽりぽりと掻く。照れているのか、面倒がっているのか――どこか悪戯っぽい目だった。
「名前にバハムートを冠してますし、素材も一級品です。この刀身には、私の若かりし頃の鱗が使われてるんです」
「…………」
スミスは返す言葉を失った。クロは何気ない調子で話しながらも、目元には確かな自負がにじんでいる。
クロは剣を撫でながら淡々と語る。
「年々、鱗って硬くなるんです。今の私でないと、もう加工なんてできませんけど……若い頃のはまだ柔らかくて扱いやすかったんですよ」
まるで古い布地でも語るような気軽な口ぶりで、さらなる爆弾を投下する。
「それに、鱗って捨て場がないんです。だから、昔から別空間に全部仕舞ってあるんですけど……今でも山ほどありますよ」
指を一本立て、楽しげに口角を上げる。
「文字通り、山ができます。本当に、鱗の山」
言われた方は、誰も笑えなかった。星獣バハムートの禍々しい刀身が、黒曜石のように鈍く光る。その一振りが、星獣シリーズすら凌駕すると言われれば――当然のように納得できてしまう、そんな存在感だった。
「……まあ、この剣なら、今の兵器を軽く凌駕できますよ」
クロがさらりと付け加えると、スミスは顔をしかめる。
「いやいや、それ冗談になってないだろ……」
「一応、セーフティはかけてます。すべての力を発揮できないように、制限は入れてありますので」
その言葉に、スミスはわずかに息を吐いた。……だが想像してしまう。もし、その制限が外れたらどうなるのか。あの黒の剣が、本来の力を解き放ったなら――山どころか、大陸ごと消し飛ばしかねない。
ぞわりと背筋を冷たい汗が伝い、スミスは喉を鳴らした。
「セーフティって……簡単に外せるの? どうやればいいの?」
ウェンが、興味津々といった顔で前のめりに聞いてくる。
その瞬間、スミスの表情が凍りついた。
「ウェン! やめろ。聞くな! そのままでいい!」
真顔で叫ぶ父の声に、ウェンはぽかんと目を丸くした。だが、クロだけはくすりと笑みを漏らしていた。