魔素のない世界と呪印の秘密
クロは、面白い反応が見られたことに内心満足しながらも、ついでと言わんばかりに提案を口にする。
「せっかくですし、これらがこの世界で“使えない理由”を、実際にお見せしましょうか。……アレク。その『意気地なしの大楯』を試射場の中央に設置してください」
「了解、社長」
アレクは指示を受けると、盾を持って試射室の中央へと向かい、視線の真ん中に楯がくるよう、丁寧に配置する。
一方その間に、クロは調整台に並んでいた武器類をひとつひとつ別空間へと仕舞いながら、リボルバーを取り出した。
「ちなみに……気に入った武器、ありました?」
何気ない調子で問いかけたその言葉に、スミスとウェンは顔を見合わせたあと、同時に首を横に振る。
「悪いが、うちの主義に反する。“使える”ものがほしいな」
「そうだね。“面白いだけ”じゃ意味がないもんね。自爆とか、洒落にならないし」
そう言って笑うウェンに、クロは真顔のまま問い返す。
「……そっちのほうがよかったですか? ちゃんとした実用品。面白い武器じゃなくて」
少しだけしょげた様子に、スミスが淡々と答える。
「面白いのが嫌いなわけじゃない。だがな、戦場で“面白いけど使えない”はただの地雷だ。扱いたくない」
ウェンも肩をすくめながら苦笑する。
「うん。ネタで笑って済めばいいけど、笑えない場面だってあるし」
その言葉に、クロはほんの少しだけ視線をそらし、肩に乗ったクレアに話しかけた。
「面白いと思うんですけどねぇ……ね、クレアはどう思います?」
視線を向けられたクレアは、困ったような目でクロを見返し――数秒ほど考えた末、小声で答える。
「ユニーク……だとは思います。でも……私も、使えないなら、ちょっと……。いや、面白いですよ? 面白いとは思います」
明らかに言葉を選びながら視線を逸らすクレアに、クロは軽く苦笑した。
「“面白い”のが大事なんですけどねぇ……」
そんなやり取りの最中、設置を終えたアレクが戻ってくる。
「社長、完了しました」
「ありがとう。……じゃあ、試してみましょう」
そう言って、クロは手にしたリボルバーをアレクに差し出す。
「撃ってみてください。それで、全部わかりますから」
「了解しました」
アレクはリボルバーを受け取ると、試射ブースへと入って構えの確認に入る。銃を手にするその動きは淀みなく、無駄がなかった。
その姿を見たクロが、感嘆の声を漏らす。
「……様になってますね」
その言葉に、スミスが当然といった調子で答える。
「腐っていたとしても元Aランクハンターだ。あれくらい、できて当然だ。姿勢も自然体で無理がない。呼吸もぶれてないし、狙いも安定してる」
横でウェンも同意するように続けた。
「そうだね。銃口がブレてないし、吸い付くように標的を捉えてる。ほんと、惜しいよね。もっと早く更生していれば、今ごろ第一線で活躍してたのに」
二人の評価に、クロは静かに頷く。
「……これからです。まだ、終わってませんから」
そして視線を試射ブースへ戻し、合図を送る。
「アレク、お願いします」
アレクは頷き、ゆっくりとトリガーを引いた。
一発、二発と――鮮やかな閃光が発され、『意気地なしの大楯』へビームが着弾していく。表面がじわりと焦げ、三発目にはくっきりと凹みが現れた。
「見ての通り、すでに表面がえぐれてきています。恐らく、もう少しで貫通しますね」
その予告の通り、五発目が楯を貫いた。背後の安全壁へ到達するビームの痕跡が、閃光とともに走る。
アレクはすぐに引き金から指を離し、銃口を下ろした。
クロはそれを見届けてから、静かに口を開く。
「これが、“微妙”といった理由です」
クロは、貫通された盾の残骸を見やりながら、落ち着いた声で続けた。
「ビームなどの攻撃を一切考慮していない設計です。防御性能に“現代の基準”が反映されていない。それに――先ほども言いましたが、携行性がすこぶる悪い。さらに言えば、魔法耐性はあるんですが……この世界では、そもそも“魔法”を使える人間が存在しません」
その“魔法”という言葉に、ウェンの反応が跳ねる。
「魔法!? 本当にあるんだ。……クロ、使えるの?」
目を輝かせて身を乗り出すウェンに、クロははっきりと首を振った。
「使えません」
きっぱりとした言い切り。その理由を語る前に、クロはリボルバーを返却しに来たアレクへと視線を向ける。
「アレク、盾を回収してきてください」
「はい」
そう返事をして動き出すアレクを見送りながら、クロは受け取ったリボルバーを別空間へとしまい込む。
「……この世界には、“魔素”という成分が存在しないんです」
淡々とした説明が始まった。
「魔法は体内の魔素を使って発動します。けれど、この世界ではその補給手段がない。魔素を含む植物もなければ、木々や大地も存在しない。つまり、自然から補充できない。一度使えば減るだけで、回復手段がない以上――使用は、命を削る行為になる。だから、使わないんです。意味がない」
「なるほどね……」
ウェンが真剣な顔で頷いた直後、今度はスミスが興味を示す。
「だとすれば――この武器たちに備わってる効果は、どういう原理で発揮されるんだ?」
武器屋らしい鋭い問いに、クロはわずかに口元を引き上げた。
「それは……“刻まれた文字”によって発動しています。武器の各部に、呪印が刻んであるからです」
「呪印……呪い、か?」
眉をひそめながら尋ねるスミスに、クロは即座に否定する。
「いえ、“呪い”というより、“効果を発揮させるための文字列”です。コードのようなもの、と言えばわかりやすいでしょうか」
「……ふむ。なるほどな」
スミスは腕を組み、感心したようにひとつ頷いた。
その横で、ウェンが興味津々に身を乗り出す。
「それってさ……私たちでも、刻めるの?」
無邪気に尋ねたその一言に、スミスが即座に反応する。
「ウェン、それは訊くな!」
低く制止されて、ウェンはバツが悪そうに目を伏せる。
だが、クロは落ち着いた様子でスミスに軽く手を向け、制止を静かに和らげた。
「大丈夫ですよ、スミスさん。……答えは“できません”。正確には、“可能ですが、代償が大きすぎて実質不可能”です」
そう言って、クロは別空間から小ぶりな黒い壺を取り出した。見た目は重厚な陶器だが、内部から血の匂いが漏れている。
「この中には、私の血液が入っています。この“血”こそが、呪印の触媒として必要なものなんです」
それを聞いたウェンが思わず問い返す。
「じゃあ、私の血じゃダメなの?」
その瞬間、スミスが厳しい目でウェンを睨みつける。
「ウェン……!」
再び注意され、ウェンは思い切り肩をすぼめた。だがクロは、やはり静かに首を振った。
「人の血では、無理です。バハムートという特殊な私の血だからこそ微量でも触媒になるんです。仮に使えたとしても、必要量が膨大すぎて――“死ぬ前提”で流さなければならない。それに……そもそも、その“文字列”自体を、私は誰にも教えるつもりはありません」