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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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暇つぶしと残念な名品たち

 スミスが『慈愛剣ヒーリング』を手にしたまま、困惑を隠せずにいる一方で――ウェンは、隣に立てかけられていた一本の槍に目を留めていた。


 装飾も特殊加工も見当たらず、ただのまっすぐな槍。一見すれば何の変哲もない、質実剛健な兵器にしか見えない。


 だが、先ほどの“癒しの剣”の件がある。外見では判断できない――そう学んだばかりのウェンは、少し警戒しつつ口を開いた。


「クロ。この槍も名前が付いてるの?」


 クロは「ああ」と頷きながら、どこか誇らしげに目を細める。


「それはすごいですよ。『串刺しの槍』って言います。地面や敵に突き刺すと、同じ槍が“生えて”くるんです」


 説明を聞いた瞬間、ウェンの顔から血の気が引いた。そして無言で、手にしていた槍を調整台の上にそっと戻し――手を離す。


「……怖いよ! なにその生えてくるって!」


 ウェンの抗議を受けても、クロは悪びれることなく、むしろ淡々と続けた。


「そうですね。扱いを間違えると、地面に突いた瞬間に“自分も串刺し”になります。敵に近すぎると、発生した槍に巻き込まれることも。超上級者向けですね」


「いや、自爆武器じゃん!」


 ウェンの突っ込みに、クロは少し首を傾げ、どこか楽しげに言葉を重ねる。


「でも、面白くないです? カッコつけて地面に突いた瞬間、自分の脇腹に槍が“ドン”って」


「面白くないよ! ただの情けない事故だよ!」


 ウェンが本気で突っ込むと、クロは小さく唇を尖らせ、不満げに視線をそらす。だがすぐに、表情を切り替えると、今度は別空間から新たな武器を取り出した。


 ずしりとした音を立てて出現したのは――クロの身長を優に超える、巨大な戦斧だった。豪奢な装飾に包まれ、刃の部分には雷のような文様が刻まれている。


「じゃあこれはどうですか。私の自信作、『嵐の戦斧』です」


 その名にふさわしく、見た目からして只者ではない迫力だった。


「名前の通り、使うと自分の周囲を嵐で覆います。風圧で敵の攻撃を弾きつつ、自分の攻撃にも風の加護が乗る――まさに攻防一体の武器です」


「おおっ……! それは強そう!」


 ウェンが思わず素直に声を上げると、クロは自信満々に頷き、さらに続けた。


「しかもですよ、これの“面白いところ”は――」


 得意げな口調のまま、さらなる“仕様”が語られていく。


「味方が近くにいた場合、その人も巻き込まれて飛ばされます。長時間使用していると空気が薄くなって酸欠になります。結果として、性能は凄いのに“使えない”。試しに使ってみて、“これダメだわ”ってなる典型です」


「……なんでそんな残念仕様!」


「だって、“一瞬喜んで、使ってみて、がっかりする”って……ちょっと面白くないです?」


「いやそれ、ゲームでも絶対ハズレ枠だよ!」


 ウェンの叫びに、クロは肩をすくめた。どこか納得いかないような表情で、手にしていた戦斧を軽く掲げ、名残惜しそうに眺める。


「……面白いのに」


 そう小さく呟くと、戦斧は光に包まれ、すっと別空間へと吸い込まれていった。


 その様子を見届けたアレクは、調整台に並べられた武器群の中から、ひときわ大きな盾を手に取った。見た目は堂々たる大楯――だが、持ってみると意外なほど軽く、材質も特殊なもののようだった。しゃがんで構えてみると、前面がすっぽりと隠れる。完全な遮蔽用の設計だった。


「社長。これ、かなり使えそうですが……これにも、何か“変な性能”があるんです?」


 アレクがやや警戒を込めて問いかけると、クロはぴたりと目を細めた。どこか不服そうな表情で、即座に訂正を促す。


「アレク。変な、とは言わないでください。“面白い”です」


 真面目な口調に思わず苦笑しつつ、アレクは言い直す。


「……面白い性能、ですね。ありますか?」


 その修正に満足したのか、クロは満足げに頷いた。


「その大楯は『意気地なしの大楯』です。性能はとにかく硬い。唯々硬い以外には特にありません」


「……えっ」


 言葉に詰まるアレクに、クロはさらりと説明を続けた。


「ただ、その名の通り、全身を覆い隠すことができます。真正面からの攻撃を“受け止める”のではなく、“避けて隠れる”。……そういう姿勢を体現した、名前通りのコンセプトです。要するに、“煽りたい”だけです」


 アレクは一瞬、何かを言おうとしたが、口を開いて――結局、何も言えなかった。言葉を探しても、ぴったり来るものが見つからなかったのだ。


 その代わりに、隣からスミスのぼやき声が聞こえてくる。


「……残念すぎるな」


 乾いた声に、アレクは思わず小さく笑った。呆れと納得――そこに、妙な温かさが混じった、どこか気の抜けた笑いだった。


 そんな空気を受け取ったクロは、場が整ったとでも言わんばかりに軽く手を広げる。


「まあ、これらは……スミスさんも扱っている“ジョーク武器”の部類です。実用性を捨てて、面白さに全振り。これらは“使えそうで使えない”を徹底的に追求したものになります」


 説明を受けたスミスは、手にした盾をそっと台に戻しつつ、ひとつ頷いた。


「なるほど。そういう理由なら納得だが……うちのジョーク武器とは、ちょっと毛色が違うな」


 横で聞いていたウェンがすぐに補足する。


「うちで扱ってるのは“使えなさそうで、実は使える”だもんね」


 言いながら、クロの肩に軽く手を置き、首を傾げる。


「でも、これってどうやって作ったの? クロが全部、自分でやったんでしょ?」


 興味津々な様子で覗き込むウェン。その問いに、スミスも自然と視線を向ける。期待が込められたまなざしに、クロは一呼吸置いて、静かに答えた。


「私が作ったのは間違いないですが……正確には、“私が作ったゴーレム”に、細かく指示を出して作らせたんです」


「ゴーレム?」


 ウェンが目を丸くする。


 クロは軽く頷きながら、さらに続ける。


「本体――バハムート本来の姿だったころの私は、全長が数キロある巨体でしたから。自分でこのサイズのものを造ろうとすると、まるで米粒に針で文字を刻むような精密作業になるんです」


 そこで、とクロは指先を軽く立てて示した。


「だから、人間より少し大きめのサイズに調整した作業用ゴーレムを造って、それを介して製造を行いました。設計は私ですが、実際の加工や彫刻はすべてゴーレムの腕を通して――という形ですね」


 その言葉に、スミスは感心したように眉を上げる。


「……スケールがおかしい」


 アレクがぽつりと呟いたその言葉に、ウェンも「うん」と真面目に頷いた。そして三人の視線が、再び並んだ武器群へと向かう。


 人知を超えた創造の手が遺した、使えるようで使えない、華やかな遺物たち。それらはまさに、“神の暇つぶし”が形になったような代物だった。

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