暇つぶしと癒しの剣
クロは手にしていたもう一本のスラロッドも軽く確認すると、掌を返してそのまま空中に滑らせるように武器は何もなかった別空間へと吸い込まれていく。
そして、次の瞬間にはクロの口元にわずかに笑みが浮かぶ。どこか挑発的で、不敵。まるで“戦い”そのものを見据える者のような、確信と余裕を帯びた表情だった。
そのまま、クロは一歩下がり、調整台の上に手をかざす。別空間から、次々と“異質な武器”たちが出現していく。剣、槍、ガントレット、フレイル、杖、盾――どれもただの武具ではない。豪奢な装飾に彩られ、まるでゲームの中に登場する伝説級の装備のように輝いていた。
黄金や深紅、漆黒に透き通る蒼――色彩も形状も様々で、世界観すら違って見える品々。そのどれもが、クロが監視者として星にいた時代に、いずれ自らに挑んでくる勇者のために創り上げ、ダンジョンの宝箱に入れていたいわば“勇者たちのため”の武器だった。
その異様な光景に、ウェンとスミスは圧倒されながらも、親子そろって興味津々に近づいていく。
「すっご……何この剣、細かっ! 装飾だけで何層にも彫られてる……」
「こっちはガントレットか。可動式で爪までついてやがる。なんだこりゃ……」
驚きと感嘆が交互に口から漏れる。二人はまるで骨董品展示会にでも来たかのように、目を輝かせて一つひとつの武器を手に取っては質感を確かめ、構え、振る――まさに童心に返ったような反応だった。
一方、アレクは一歩引いた場所から静かにその様子を見ていた。目はクロの手元ではなく、並べられた武器たちに向けられている。
(……社長が自分で造ればよかったんじゃ?)
そう思わずにはいられなかった。これだけの品を作れるのなら、スラロッドなどという手間のかかる武器を一から開発する必要などなかったのではないか――そう感じるのは当然だった。
しかしその思考を読んだかのように、クロは武器が一通り並んだところで言葉を放つ。
「とりあえず、こんなところですかね。どうです? いかにも“ファンタジー”な武器や盾ばっかりですが、面白いでしょう」
その言葉に、スミスが一振りの曲線剣を手に取りつつ呟く。
「……一つ聞くが、お前、本当に“ビームソード”とか要ったのか?」
すかさずウェンも頷きながら言葉を重ねる。
「そうだよね。これだけのクオリティで造れるなら、スラロッドもクロが似たような物を自作で良かったんじゃ?」
ごく素朴な疑問を口にしたウェンに、スミスも隣で頷く。
だがその問いに対し、クロは即座に、真顔のまま一言で返した。
「いりますよ。それ持って、街中を歩けますか?」
返されたその言葉に、親子ふたりは一瞬だけ言葉を失い、次の瞬間――同時に「ああ」と深く頷いた。
「……確かに。目立つな、これ……」
「携行性、悪すぎね」
並べられた武器群を見れば見るほど、日常で持ち歩くなど不可能に思えた。実際、あの装飾まみれの大盾を背負ってコンビニに行く姿など、想像するだけで噴き出しそうになる。
そんな彼らの反応に、クロはほんのわずかに笑みを浮かべる。
「別空間を常時使えれば話は別ですが、現実的には無理です。それに――前にもギールさんに言いましたが、こう見えてこの世界基準だと“武器としては微妙”なんですよ」
その言葉には、どこか自嘲じみた冷静さがあった。宝物のように見えるそれらの武器が、戦場では必ずしも役立つとは限らないという現実。
「一応……これらには“目的”がありました。私、かつてバハムートとして星の監視者をしていた頃、“自分に挑む勇者”のために、ダンジョンを作ったんです。その中に、こうした武器を“ご褒美”として置いておきました」
スミスとウェンが顔を見合わせる。次にウェンが、目をぱちくりさせながら訊いた。
「……自分を倒すための、武器ってこと?」
その非常識すぎる構図に、一瞬、返す言葉を失いながらも、クロは何でもないことのように頷いた。
「ええ。どのみち、作っておいてなんですが――こんなものでは、私は倒されません。ただ、私としては“挑みに来てくれたら楽しめる”かなと思って、少しでも長く挑戦してもらえるように、段階を踏んだ武器を用意していたんです。……あくまで、私の暇つぶしですけど」
その口調には、どこか懐かしさと虚無が同居していた。かつての時間、かつての自分。そのために積み重ねた設計と意図――それが今、ただの陳列物となっている現実。
「うーん……暇つぶしのスケールが、でかすぎる……」
そう呟いたウェンだったが、ふと、並べられた武器たちを見て、あることに気づいたように顔をしかめた。
「でも、それが“残ってる”ってことは……」
クロは、静かに苦笑を浮かべた。
「ええ。誰も来ませんでした。……挑む者はおろか、ダンジョンがある山にすら誰も来ませんでした。せっかく作ったのに、モンスターを模したゴーレムを配置して、レベル調整もしながら段階的に強化していったんですが……全部、無駄でした」
クロの視線が、並んだ武器たちへと向かう。その眼差しには、かつての自分の“期待”と“孤独”がうっすらと滲んでいた。
「この武器や盾たちは、その名残です。……もう、使われることのなかった“物語の残骸”ですね」
クロの声には、どこか淡い喪失の響きが混ざっていた。
スミスは黙ったまま、調整台に並んだ中から一本の剣を手に取る。重さは見た目よりも軽く、重心のバランスも絶妙だった。真っ直ぐに伸びた刃は銀色の光を帯び、柄には青い宝玉が埋め込まれている。装飾は控えめながらも緻密で、過剰な主張はない。使う者の品位を問うような、そんな佇まいだった。
「……“残骸”ってのは、ちょっと違う気がするな。こんなもん見たら、職人は泣いて喜ぶぞ」
そう呟きながら、剣身を斜めに傾けて光に透かす。彫り込まれた文様が淡く反射し、刃の表面に古い文様が浮かび上がった。
クロは、スミスの手元に視線を向けたあと、淡々と補足を加える。
「……でも、微妙なんです。例えばその剣、名前は『慈愛剣ヒーリング』戦う剣ではなく、“疲れを癒す”効果があります」
「はあ?」
スミスが思わず眉をひそめ、サングラスを頭に上げ手にした剣を見下ろす。構造自体は本物だ。バランスも、重さも、扱いやすさも申し分ない。
だが、回復効果――?
半信半疑で剣身をじっと見ると、刃の中央に刻まれた文字が目に留まった。鋭利な彫りではない。どこか柔らかく、包み込むような書体で刻まれている。
《命ヲ大事ニ》
それは、古代語による言葉だった。
“殺すな”ではない。“守れ”でもない。“戦え”ですらない。戦場に立つ者が最も忘れやすい――それでいて、最も根源的な祈りの言葉だった。
「……なんだこれは」
古代語は読めないがクロに聞いた効果と、それをなぜ殺傷するための剣に施したのかわからずスミスは思わず呟き、もう一度、剣を手に構える。
殺傷能力を追い求めるのではなく、癒しを――それは、その星では神として扱われていた存在が“自らを倒すため”に作った武器としては、確かに妙な方向性だった。
だがその矛盾の中にこそ、クロの暇つぶしという意図が見えてくる気がした。