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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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試射室に宿る職人の意地

 試射室の扉が重く閉じると、白い照明が整然とした床を照らし出した。中央にはすでに展開されたスラロッドを手にしたクロの姿がある。


 クロは無言で先端を眺め、わずかに首を傾けては角度を変えて光の反射を確かめる。次に両手で肩に担ぐように構え、軽く振り下ろした。空気を切り裂く鈍い風切り音が室内に響く。さらに片手に持ち替え、素早く何度も振り回す。ぶんぶんと大きな弧を描く動きの中で、彼女の動作には一分の無駄もなかった。


 その様子を、後から入ってきたスミスとアレクは黙って見つめていた。クロの表情には遊びも虚勢もなく、ただ純粋に武器を吟味する戦士の眼差しがあったからだ。


 やがてクロは短く息を吐き、淡々と評価を口にする。


「……いいですね。先端の丸み、柄の延長。握りやすくて、滑りもない」


 その言葉を聞いた瞬間、待ちきれなかったかのようにウェンが胸を張る。


 タンクトップ越しに豊かに見える胸元が上下に揺れ、錯覚的に女性的な印象を作り出す。


「でしょ! 本体を少し長くしたぶん、径を絞って軽量化したんだ。その分、対ビームコーティング塗料を何層も重ね塗りしてある。耐久性はぐんと上がってるし、表面は細かい凹凸にしてあるから、汗で濡れてても絶対にすっぽ抜けないよ!」


 言葉の端々に自信と興奮が滲み、声が自然と弾んでいた。


「ウェン。お前な……」


 スミスは低く唸り、娘の浮かれた態度に呆れを隠さなかった。


 だが横に立つアレクをちらりと見ると、彼の視線は一心にクロの手にあるスラロッドへ注がれている。


 握りの角度、重心の置き方、振りの軌道――武器そのものに向けられた鋭い観察眼は、どこまでも実戦の目だった。ウェンの胸元がどう揺れようと、その視界に余計なものは一切なかった。


 スミスは小さく息を吐き、ほんのわずかに胸を撫で下ろした。


 アレクがウェンの見た目に釣られず、目の前の技術と成果に真剣に向き合ってくれている――それが、ウェンの父親としてもアレクが変わりつつあるのも嬉しかった。


 だが同時に、ウェン本人が自分の見られ方に無自覚すぎることに、やはり一抹の不安を覚えずにはいられない。


(……後できっちり話す必要があるな)


 その思いを胸の奥に押し込み、表には出さなかった。


 そんな父の心中を知るはずもなく、ウェンはなおも熱を帯びた声で説明を続ける。


 ウェンの口調は止まることを知らず、その手は言葉と同じくらい忙しなく動いていた。手振りを交え、どこをどう加工したのか、どの工程で何を工夫したのか――その説明は、まるで舞台の演者が見えない観客へ想像を届けるように、情熱と細やかさをもって繰り出されていく。


 目の奥には、自信と誇りが宿っていた。自分の手で作り上げたものに込めた技術と想い。それを認めてほしいという、職人としての純粋な欲求がそこにあった。


「スイッチやメモリのスライドは、さっき見たからわかってると思うけど……接触や干渉を防ぐために、上部にリングスライドカバーをつけてる。これを上げると内部にメモリがあるから、そこで設定ができるの。ちょっと面倒だけど、一度ちゃんと合わせておけば、以後はその状態で展開できるからさ」


 ウェンは自慢げにテーブルのもう一本を手に取り指先でカバーの端を軽く撫でると、今度は柄の根元を指差す。


「起動スイッチは、リングスライドカバーを閉じた状態で左右どっちにでも回せば展開。逆に、スラコンを溶かすときはカバーを上げた状態で左右どちらかに回せば、中和モードになる。……ね、簡単でしょ?」


 熱っぽく語るその声には、幾度もの失敗と改善を繰り返した末にたどり着いた、“完成品”への深い愛情が滲んでいた。


 ウェンの手元には、ただの武器ではない――己の技術と情熱、そして仲間への思いが封じ込められていた。


 クロはその熱量を受け止めながら、先ほどまでウェンの手にありそして再度テーブルに置かれたもう一振りと同型の武器に視線を移す。


 角度を変えて眺めれば、仕上げの精度も見事で、一本目と寸分違わぬ造りに、設計と加工のレベルの高さが伺えた。


「……なぜ、二本?」


 問いかけは短く、それでいて鋭い。クロの目は、表面の美しさではなく、その裏にある“理由”を求めていた。


 ウェンは一瞬だけ言葉を選ぶように黙り、やがて、照れたように肩を竦めて口を開く。


「予備。――壊れたときに使えないと困るでしょ? この構造、完全にワンオフで作ってるからさ。他の店に持ってっても、修理は恐らく無理。自分でやるにしても、……うん、アヤコなら多分できると思うけど、もし長期依頼中でコロニー外にいるとしたら、設備が揃ってない場所もあるし。そういうときに備えて……ね、もう一本」


 言葉の端々に、慎重な気配りが見て取れた。


 それは“職人”としてだけでなく、“仲間”としての視点でも設計されたものであり――戦場に出る者のリスクを理解しているからこそ、当然のように備えを重ねていた。


 クロはゆっくりと手の一本を眺め、無言のまま柄を手のひらで転がす。


 金属とも樹脂とも言い難い手応えが指先に伝わる。表面は細かい凹凸の感触が伝わり、内には確かな重みが潜んでいた。


 無骨ではない。だが、無駄な装飾もない。刃を持たぬこの武器は、それでも、“切る”以上の意思を込められた道具であることが、手に取るだけで伝わってくる。


「……なるほど。確かに、必要な配慮ですね。これで殴り倒せます」


 静かな一言だった。だがその言葉には、武器としての信頼と、その意図を正しく汲み取った者だけが持つ重みがあった。


 横で聞いていたアレクが、思わず息を漏らす。


「殴り倒すって……社長……」


 困惑のような声。だがその響きには、諦めと同時に――社長らしいと思う色も混じっていた。


 クロはそちらを一瞥し、口元だけで笑う。


「殺さないようにする配慮……ということに、しといてください」


 その返しに、場の空気が、ふっと和らぐ。


 そしてクロは、改めてウェンの方を向き、手にした武器を胸の前で軽く持ち上げる。


「これで完成ですね。まずは一つ、お疲れさまでした。……残り二つの開発も、楽しみにしてますよ」


 その言葉が届いた瞬間、ウェンの顔がぱっと華やぐ。


 声に出さずとも、全身で嬉しさを表現するように、肩が一度大きく動いた。


 まるで、自分の努力が真っすぐに届いたことを知った子供のように――けれどその奥には、揺るぎない技術者としての自負が燃えていた。


 クロはもう一度、手元の武器に視線を落とす。


 漆黒の地に、赤のラインが鋭く走る。まるで“クロ・レッドライン”という存在を象徴するかのような配色。


 遊び心の中に、確かな敬意と覚悟が込められていた。

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