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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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出発準備と過去への謝罪

 ギルドを出ると、クロは近くの広場まで歩くとクロは振り返り、一行を見渡した。広場には行き交うハンターやサラリーマンや学生など様々な人々たちがいて、賑わいのざわめきが絶えない。だがその中で、クロの声は迷いなく響いた。


「ちゃっちゃと準備しましょう。アンはランドセルとクーユータとファステップのチェック。一旦ジャンクショップに行ってください」


「え、港に向かうのではなく?」


 アンが首を傾げ、戸惑った声を上げる。


 クロは唇の端を吊り上げ、悪戯めいた笑みを浮かべた。


「行けば分かります。お父さんやお姉ちゃんに聞けばすぐに分かります」


 転移シャッターの存在は口にせず、意味ありげに言葉を濁す。その余裕の表情に、アンはますます首をかしげながらも従うしかなかった。


 クロは次に視線をポンへ移す。


「ポンは車を二台購入してきてください。今あなたたちが乗っているのは廃車。これは決定です。もう匂いも取れないですし、汚れがひどい。一台はトラックタイプのエアカー。二台目は地上でも使えるエレカーで、キャンピングカーが望ましいです」


「わかりましたが、キャンピングカーですか?」


 ポンが少し目を丸くする。


「はい。地上では宿には泊まりません。中も改造して面白くします」


 クロはそう断言し、これ以上は説明しないとばかりに手をひらりと振って打ち切った。


「タンは物資の買い出し。エルデも一緒に行ってください。長期になりますので娯楽用品やお酒などもいいです。ただ、買い過ぎないように」


「わかったっす」


 エルデは元気よく応じる。


「わかりましたが……お酒もいいんですか?」


 タンが念のため確認すると、クロは頷いて答えた。


「艦内で長時間籠りっぱなしです。息抜きは絶対に必要です。ゲームでも何でもいいのでお願いします。ただしお酒はなるべく安めで。おつまみも、そこまで高級じゃない方がいいですね」


「わかりました。ありがとうございます」


 タンは真面目に頭を下げた。


 そのやり取りを見届け、クロはふとポケットに手を入れる仕草を見せる。だが次の瞬間、空気がかすかに揺らぎ、別空間の口が開いた。そこから現れたのは、大きな麻袋だった。


 突如ポケットから現れた異様な光景に、アレクとアンポンタンは思わず目を見開いた。驚きの声を上げかける仲間たちの反応を、クロは少し楽しげに眺める。


「エルデ、手を」


「はいっす」


 素直に手を差し出すエルデ。その瞬間、クロの目に悪戯っぽい光が宿った。


 取り出した針を迷うことなくエルデの指先に当てると――


「ちくっ!」


「いた!」


 短い悲鳴を上げるエルデ。だがクロは容赦なく制した。


「動かさない」


「無慈悲っす!!」


 涙目になりながらも手を止めるエルデ。その指先から零れた一滴の血が、麻袋の布に吸い込まれていく。すると、袋の表面がわずかに光を帯び、まるで生き物のように脈動した。


 クロはすぐにエルデの手を撫で、血を止めてやる。その仕草は優しく、先ほどの無慈悲さが嘘のようだった。


「これで、エルデのものです。これは私が今使っている別空間の簡易版。この袋の口には、サイズで言えば家一軒分ぐらいのものは入ります。物を入れる時は、周りに気をつけてください」


「ありがたいっすけど……説明が欲しかったっす」


 エルデはまだ顔をしかめつつも、袋をしっかりと受け取った。その表情には痛みと共に、未知の力を手に入れた実感が浮かんでいた。仲間たちの視線が自然とそこに集まり、わずかな緊張と羨望が混じる。


 そして、最後に残ったアレクにクロの視線が向けられる。


「アレクは私と一緒にロック・ボムと、もう一ヶ所行きます」


「……ロック・ボムですか」


 その名を口にした瞬間、アレクの声音にはわずかに覚悟が滲んだ。過去を思い出すかのように表情が固くなる。


 クロはその様子に肩をすくめ、少し呆れた笑みを浮かべる。


「どうやら、ロック・ボムでも何かやらかしているようですね」


 茶化すように言われ、アレクは苦い顔で視線を逸らし、言葉を紡いだ。


「その……お金を作るために武器なんかも売ったんですが、その時……色々と文句を言ってしまって……。謝らないといけないですね」


 バツの悪さがにじみ、肩が小さくすぼむ。自分の不器用さを思い出すたび、悔恨と恥ずかしさが胸を刺していた。


 クロは額に手を当て、小さく溜息をついた。だが次に浮かんだのは、諦めよりも仕方ないという決意の色だった。


「行く途中で手土産でも買っていきましょう」


「社長……申し訳ないです」


 アレクの声は低く、負い目がにじんでいた。


 クロはゆっくり首を横に振る。


「謝罪はロック・ボムで。ここで謝る必要はありません。大事なのは、相手にどう伝えるかです。では皆さん、動きましょう」


「はい!」


 アレクは声を張り、力強く返事をした。緊張が混じる声色だったが、背筋はまっすぐ伸びていた。


 こうして、それぞれが役割を胸に動き始める。クロとクレア、そしてアレクは連れ立って歩き出した。街路には露店が並び、香ばしい焼き物の匂いや香辛料の香りが風に流れてくる。商人の呼び込みや子どもたちのはしゃぐ声が響き、雑踏の活気が一行を包んだ。


「ここなら謝罪用のお菓子も見つかるでしょう」


 クロが足を止め、目の前の菓子店を指さす。木製の棚には、砂糖菓子や焼き菓子が色鮮やかに並んでいる。


 アレクは少し緊張した面持ちで詰め合わせを選び、クロは代金を支払いながら、ふとアレクの横顔を盗み見た。緊張と不安がまだ残っているが、その手には確かに決意が宿っている。――ならば、この支払いは安いものだ。そう心の中で呟き、クロは軽く微笑んだ。


「ありがとうございます、社長」


 そう呟く声はかすかに震えていた。


 クロは軽く笑い、袋を持つアレクの肩を叩いた。


「気にしなくていいですよ。謝罪は言葉だけではなく、誠意をどう形にするかです。行けばきっと分かります」


 三人は再び歩き出す。人の流れに紛れながら、クロの足取りは迷うように止まり、時に道を間違えそうになる。


「……社長、そっちは商店街では?」


 アレクが遠慮がちに指摘すると、クロは振り返って、どこか楽しげな笑みを見せた。


「迷子に付き合うのも経験ですよ」


 その飄々とした言葉に、アレクは思わず苦笑した。肩に入っていた力が少し抜け、息も軽くなる。肩に乗るクレアは、静かにクロの顔に身を寄せ、低くため息をついた。


「そろそろ道を覚えましょう。毎回付き合わされる身にもなってください」


「その内に」


 クロは悪びれることなく答え、口元に小さな笑みを浮かべる。その気楽さに、アレクは呆れながらも、どこか救われる思いがした。

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