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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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笑顔の宴

 クロがギルドの境界から居酒屋へ入ると、ギルドとは違う熱気がクロを包み込む。油の焼ける匂い、酒の香り、笑い声と食器の触れ合う音。それらが渦巻き、独特の賑わいを作り出していた。だがクロの姿を見つけるや、あちこちから声が飛んでくる。


「本当に大丈夫なのか?」


「お前は変わったやつだな」


 その言葉の中には心配もあれば揶揄もある。アレクたちのこと、クロ自身のことを問う声が次々に投げかけられた。クロは足を止めず、一つひとつに「大丈夫です」「そうですか」と穏やかに返しながら、まっすぐカウンター奥の女将――この店のおばちゃんのもとへ向かう。


「おばちゃん。おいしいところ持って行きましたね」


 切り出す声は落ち着いていたが、瞳の奥には探るような光があった。


「何のことだい?思ったことを言ったまでさね。それに、うちに損はないからね」


 おばちゃんは豪快に笑い飛ばす。皺の刻まれた顔は屈託がなく、店中の喧噪に負けないほど明るい。クロは「まったく」と言いたげな顔をしつつ、懐から端末を取り出した。


「なんだい?注文じゃないのかい?」


「違います。すでに注文してますよね」


 おばちゃんは一瞬きょとんとし、首を傾げる。


「何か注文受けたかい?自慢じゃないが、あたしは記憶力には自信があるんだ。何もしてないよ」


 クロは視線を外さずに言葉を継いだ。


「私がではありません。ですが今日、ここにいる皆さんはしてますよね」


 その一言に、近くで耳を傾けていた客たちの表情が変わった。先ほどまで曇っていた顔に、驚きと安堵の色が広がる。おばちゃんは「なるほど」と唇の端を上げ、大きく頷いた。


 クロはそこで端末を操作し、静かに告げる。


「今日来た方全員分の飲食代は、微々たるものですがアレクたちの迷惑料として、すべて私が支払います。帰った方にも後日返しておいてください」


 居酒屋に一瞬の静けさが落ちる。次いでおばちゃんが目を細め、破顔した。


「クロ……あんた男前だね!女にしとくのがもったいない!聞いたかい!」


 その声は壁を震わせるように響き、近くの客へ向けられた。酒で頬を赤らめたハンターが椅子を蹴って立ち上がり、胸いっぱいに息を吸い込んだ。


「みんな聞けっ!今日はクロのおごりだ!いくら飲み食いしてもタダだっ!今日は休みにしてみんなで飲むぞ!食うぞ!」


 声が木霊し、店全体が揺れるようにざわめき立った。誰もが笑い、ジョッキを掲げ、威勢のいい掛け声が次々と重なっていく。香ばしい煙が立ち込め、盃と皿が途切れることなく運ばれていく。その熱気の中心に立つクロは、頬をわずかに赤らめながらも堂々と胸を張っていた。


 彼女は端末を取り出すと、金額を迷うことなく入力し、居酒屋の端末に200万Cを振り込みおばちゃんに報告した。その瞬間、胸の奥でひとつ小さな息を整える。迷惑料であると同時に――仲間とここに再び訪れる未来への投資でもある。そう思えば、この支払いは決して高くない。


「足りなかったりしたら請求してください。余ったらその時は、ここでの食事の際に引いておいてください。私だけでなく、クレアやエルデ、それにアレクやアンポンタンたちの分も」


 その声音には、仲間と共にここにまた訪れる未来を当然のように織り込む響きがあった。


「わかった。お安い御用さね!」


 おばちゃんは胸を張り、威勢よく返事をした。その豪快さに店内から拍手が起こり、クロは小さく会釈して「お願いします」と言葉を添える。


 そしてカウンターを離れ、賑わいの中からギルドの境界へと歩みを進めた。行きの足取りよりも軽く、クロの全身に熱気と笑い声が降りかかってくる。


 酒や料理が並ぶテーブルを通る際、そこに居る飲んだり食べたりしているハンターたちが入れ替わり立ち代わり声をかけてきた。


「さすが、クロ!サンキュー!」


「クロちゃんありがとう!」


「これで母ちゃんに叱られずに高級酒が飲めるぜ!」


 それぞれが笑顔を見せ、声を張り上げながら再びテーブルの上の酒や料理に戻っていく。彼らの目は輝き、注文の声も次々と飛び交った。肉を倍に、酒を三本追加、珍しい魚も、あれもこれも――勢いは止まらず、宴はますます膨れあがっていく。


 クロはギルドと居酒屋の境界に立ち振り返り、カウンターの奥で笑顔を浮かべるおばちゃんと目が合った。クロは軽く頷き、おばちゃんは忙しそうに笑顔を返すとクロはギルドへ戻る。


 その背中には、喧噪と笑いと共に、仲間たちに伝わるはずの「懐の深さ」が確かに刻まれていた。


 のちに――あまりの飲みっぷりと食べっぷりで「足りなかった」と請求が届いたとき、クロは端末に表示された額を見て思わず絶句し、それから大笑いすることになるのだが、それはもう少し先の話であった

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