四派閥の真相と始動の時
「わかりました。……残りの派閥は?」
クロが問いかけると同時に、ギールが指先でホロディスプレイを操作する。空中に投影された立体映像が拡大され、マルティラとマルティラⅡの勢力地図の中で、一点がゆっくりと強調されていく。
「じゃあ順番に――まずは、こいつからだな」
表示されたのは、顔を伏せた青年のようなシルエット。輪郭は細く、線も柔らかいが、年齢も性別もはっきりとは読み取れない。フードの影が表情を隠し、全体にどこか神秘的な印象を与えていた。
「最近勢力を伸ばしてる新興派閥。“黄金の聖神”って名前だ。まあ、なんとも――神々しいというか、宗教染みたネーミングセンスだよな」
ギールが苦笑混じりに言うと、後ろでアレクとエルデが小さく肩を揺らす。彼らなりに言葉を飲み込んでいるのが分かる。
「もともとは“革命派”だった。そこからの分裂組だよ。今の政権やインセクトとは思想的にも距離を取ってるようでな。この青年――名前も詳細も不明なんだが、彼を中心に少数精鋭の部隊を編成している。奇妙なことに、その構成員は……やたら女性が多い」
その一言に、クロの視線がほんのわずかホロディスプレイから逸れる。
「それは……羨ましいですね」
あまりにも真顔で言い放たれたその言葉に、ギールが思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、こくりと頷いた。
「だろうな。俺も正直、ちょっと羨ましいと思ってた」
その後ろで、アレクとエルデがそろって咳払いをし、空気を整えるように姿勢を正す。だが、クロの口元がわずかに緩んでいるのをクレアは見逃さなかった。
そして――彼女は小さくため息をつくと、ちょん、と前足でクロの頬を押した。
「クロ様。今はそんなことはいいですので、続きを聞いてください」
「大事な話だとは思いますけどね」
クロは軽く目を細めたまま、クレアの視線を正面から受け止める。そして、あくまで真剣な顔のまま、ぽつりと口を開いた。
「だって、いわばハーレムですよ。そんなの、おかしいですし――何か裏があると思うんです。……できれば、コツも知りたいですしね」
その発言に、空気が一瞬、凍りかけた。ギールは思わず吹き出しかけ、口元を押さえて堪える。アレクは咳払いで誤魔化し、エルデは面白そうに目を輝かせる。
そして、クレアがため息まじりに言った。
「……クロ様は、すでに十分に囲まれているのでは?」
「男性にも囲まれましたしね」
クロが静かに言い返すと、その場にいた誰もが返す言葉を失った。ギールが喉を詰まらせたように小さく咳き込み、ジンは口元を手で隠してそっと顔を逸らした。アレクたちは俺達のことかと呟き、エルデは笑いをこらえ納得したように頷いている。
クレアだけが冷静だった。淡々とした口調で、少しだけ言葉に棘を含めながら告げる。
「つまりクロ様は、既に両方制覇しているということですね」
「……否定できません」
クロは首をすくめるようにして、苦笑を漏らした。
そんなやり取りの余韻を残したまま、ホロディスプレイには次の勢力が映し出されようとしていた。
最後にホロディスプレイに映し出されたのは――微笑みを浮かべた、一人の少女だった。
薄く透けるような緑色の髪が、肩を越えてふわりと流れ、その目には年齢に不釣り合いなほど冷たい光が宿っていた。優しげな口元の笑みと、感情の通わない瞳のギャップが、見る者に微かな寒気を与える。
室内の空気が、すっと静まり返る。
「……最後は“非戦”と呼ばれる市民派閥だ」
ギールの声が、少し低くなる。
「名前の通り、戦闘を禁じてる市民の集まり。武器も持たず、軍事活動も一切行わない。表向きは、ね」
その言い方に含みがあったのか、クロは視線をホロに向けたまま、問いを投げかけた。
「――その“市民の集まり”が、他の派閥と拮抗してるのが変だ、と?」
ギールは頷き、ディスプレイに映る少女の横顔を見つめる。
「正直、一番何もわかってない派閥だ。唯一分かってるのは、この少女がリーダーだということ。名前も年齢も出身も――一切不明。しかも戦闘はしないと言いながら、拮抗している。どうやって? 誰の支援で? 全く掴めないんだ」
エルデが少し身を乗り出し、目を細める。
「けど、勢力として認識されてるってことは……何かしらの“力”はあるってことっすよね?」
「そう。交戦記録もないし、攻撃された形跡もない。なのに、周囲の派閥が領域を踏み込もうとしない。――むしろ、“避けてる”ように見えることさえある」
ギールの声に微かな緊張が滲む。ディスプレイの少女は、静かに微笑んだままだ。まるで、それをすべて見透かしているかのように。
クロが腕を組みながら、小さく息を吐いた。
「戦わずして拮抗している……それが本当なら、一番怖い存在ですね」
「俺もそう思ってる」
ギールは短く答えると、手元のパネルに触れ、最後の勢力が映し出されていたホログラムを静かに閉じた。
「――以上が、この星系を蝕んでいると言ってもいい連中だ。……で、最後に確認しておきたい。クロ、受けるか?」
静まり返った室内に、問いが落ちる。
クロはわずかに目を伏せ、それから顔を上げて答えた。
「その前提で動きますが……事前の準備に、もう少し時間をいただきたいです」
「それは構わない」
ギールが即座に応じると、クロは頷きながら、壁面に表示された宙域マップへ視線を向けた。
その瞳には、すでに次の行動を見据える光が宿っていた。
「さて……どのくらいの時間がかかりますかね」
「その宙域に着くまで、早くても二週間ってところかしら」
ジンが淡々と答える。
「ギルドから正式な“国際渡航自由権”は発行済み。手続きはすでに完了してるから、準備が整い次第、いつでも出発できるわ」
そう言ってジンは、クロのほうへしっかりと視線を向けた。
「――では、最終確認。依頼を受ける、でいいのね?」
その問いに、クロは迷いなく頷いた。
「はい。受けます。……では、準備を始めましょうか」
静かなその言葉に、すぐさまクレアが応じる。
「はい、クロ様!」
前足をぴしりと揃えた姿に、クロが少しだけ微笑む。
「頑張るっす!」
エルデの元気な声が続き、その後ろでは、アレクとギールが無言で頷いた。それぞれの顔には、覚悟と共に――わずかな希望が灯っていた。
星々の間を渡る旅が、またひとつ――動き始めようとしていた。